第3話

◇◇◇


 すでに生存者は片手で数えるほどになってしまった。王城の一部も浸水しており、生存者がいるこの大広間もあと1刻ほどで水が来るだろう。王は、たった今自らの腕の中で息を引き取った王妃を静かに横たえると生存者らを見渡した。我が子である王太子、第五王女、第十三王女、そして魔族の長。自らを合わせてたった5人の生存者。なぜ彼らが生き残っているのかは分からない。なぜ他の者たちが命を落としたのかも分からない。すでに他地域の情報は得ることができなくなっているが、王都でこの状況なら王都だけでなく、大陸全体での生存者はこの5人だけかもしれない。

「おそらく、我らも何もしなければまもなく吐血して死ぬか、濁流にのまれて死ぬであろう」

第五王女が静かに涙を流す。

「今生き残っているのはたった5人だけだ。いまだこの状況になった原因は分からないが、わしはこの大陸の王である。責任はすべてわしにあることは確かだ。

 おそらく大陸全土での生存者は我ら5人だけだ。そなたら4人には必ず生き延びてもらわなければならない。ここに精霊族召喚のためのアミュレットがある。精霊族は最も神に近い存在だ。この兇変きょうへんでも我ら人間や魔族と違い生き延びているだろう。神性力を使うことができる彼らに頼るしか我らに道はない」

「父上。まさか……」

何かに気づいた王太子に父である王は静かに頷く。

「あぁ、このアミュレットは生きている人間の心臓を捧げないと使うことができない」

王太子が苦い顔でアミュレットを睨みつける。第五王女はわぁっと泣き出し座り込んでしまった。

「わしの心臓をこのアミュレットに捧げてくれ。そなたらは精霊族を呼び出し生き延びるんだ。どうせわしはあと1刻もすればこの大広間も浸水して死ぬだろう。だから、王として最期の命令だ。わしの心臓をこのアミュレットに捧げるのだ」

魔族の長は葛藤する王太子らを一瞥すると王の前に進み出て、剣を取り出した。

「王よ。そのめいは我がうけよう。王の心臓は確実にこのアミュレットに捧げる。なにか言い残すことはないか」

 人間の王は混血であったが、魔族の長は混血ではなかった。それゆえ魔族の特性というものを完全に受け継いでおり、どこまでも冷静、効率重視に行動できた。知能が高いことで生じる他人のことを思いやるという感覚が一切ないのだ。

「わしが言い残すようなことはない。このような惨事を引き起こしたのは王であるわしだ。そんな奴のことなど聞かなくてよい。生き延びて王太子が新たな王になったとき、そなたが思うように統治をすれば良い」

「……分かりました。しかし、父上が全ての責任を負う必要はありません。私とて王太子です。この惨事の責任を父上がいのちによってとるのならば、私は生きることで責任をとります。必ずや豪雨を止め、吐血の原因を突き止め、以前と同じ、いやそれ以上の大陸によみがえらせましょう」

心を決めた王太子が真っ直ぐに王を見て宣言する。王は我が子の成長に目を細め、その頼もしさ早くに王位を譲るべきであったかと後悔の念に駆られた。

「不甲斐ない父ですまなかった。わしの跡を頼む。皆達者でな。……魔族の長よ。まかせる」

王の言葉を聞いて剣を構える魔族の長。次の瞬間、血を吐いて倒れた。彼の剣が最期の時を待っていた王の前に音を立てて転がった。

「そのアミュレットは使えませんわよ、王陛下」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る