第5話 試験のあと

5話 試験のあと



『―…なぁジャスティス。俺は騎士団長になるのが夢なんだ』


 いつだったかロウファはそう話してくれたっけ。


 お互い友として良きライバルとして切磋琢磨し、たまには手合わせし、身体を重ね、いつだって一緒にいたよね。


 僕はキミより頭は良くないし魔力だってないし、どうしよかなって迷ってたら、『お前も騎士になって俺の側にいろ』って、笑いながら言ってくれたよね。


 キミとずっと一緒にいられる――



 そう思っていたんだ、本気で。



 なのに。どうして――?






「…ロウファ…キミは……」


 薄暗い牢屋の中でジャスティスは小さく呟く。

牢の隅で膝を曲げしゃがみ込んでいるその姿は、捨てられた仔猫のようで――空のように透き通った青色の瞳は悲しげに揺らいでいた。





『イヨーカの森』の中にある洞窟でレッドウルフを倒した後――ひどく疲れてしまったジャスティスは、洞窟内で寝てしまった。深い眠りから覚めるとロウファの姿はなく、慌ててディズドの街に戻ると騎士学校の門前にてロウファが待っていた。




「…ロウファ、先に戻ってたんだね」


 彼の姿を見て安心し近付こうとしたら――


「近付くなッ!」


 恐喝にも似た声とともに物陰に隠れていた城の衛兵が数人現れた。抜き出した剣の切っ先をジャスティスに向けている。



「―…ッ、どういう…事……?」


 ジャスティスは状況が分からずその場で立ち止まる。こちらを向かなかったロウファがゆっくりと振り返る。



「…残念だよ、ジャスティス。お前が、こんな事するなんて――」


 ロウファは嫌悪に満ちた眼差しをジャスティスに向ける。


「なに? 何の事?! どういう事?!」


 ロウファが何を言っているのか、また自分は何故こんな仕打ちをされなければいけないのか――訳が分からずロウファに詰め寄ろうとしたが、


「おいッ動くな!」


 衛兵の一人がジャスティスを牽制する。


「ねぇ! ロウファっ、どういう事なの?!」


 ジャスティスはその場から動けずロウファに問い詰めるが、彼はすぐに視線を外し――


「…大臣ッ、『盗人』を捕らえました!」


 開け放たれていた騎士学校の扉の奥に向かって叫んだ。


(…盗人?!)


 ロウファの言葉にジャスティスは驚愕した。


「…ちょ、待って! 盗人って?!」



「…漸く捕らえたか」


 低くしゃがれた声が扉の奥から聞こえた。続いて姿を見せたのは――ディザイガ城の大臣。

 嫌味を含めた顔立ちに、紫の法衣を着込んでいるため少々不釣り合いだと、ジャスティスは見た瞬間に思った。


「ねぇ! ロウファっどういう事?! 何でこんな――」


「ええいッ、黙らんか小僧!!」


「―…ッ」


 ジャスティスは再度ロウファに問い詰めるが大臣に一喝されてしまい口をつぐみ俯いた。



「…お前が悪いんだよ、ジャスティス」


「……なに?」


 しばしの沈黙のあと、静かに口を開いたロウファの声にジャスティスは顔を上げる。



「―…お前は、このディザイガ城王家の家宝である懐中時計を盗んだんだろう?」


 ゆっくりと――


 言い聞かせるようにいうロウファ。



「……知らない」


 ジャスティスは即座に首を横に振るう。

 そもそも、王家の家宝なんて見たことも聞いたことも今までに無いのだから。



「嘘は良くない」


 ロウファはそんなジャスティスに残念そうに溜息をついた。


「大臣、家宝はあの腰のポーチに入っています」


「そうか。おい、調べろッ」


 ロウファの言葉に従い、大臣は衛兵らに顎で指示を出す。



 大臣の合図で衛兵の一人がジャスティスを後ろから羽交い締めにし、


「…ちょ……、濡れ衣だよ! 何でいきなりこんな――」


「動くなッ!」


 別の衛兵に強く言われジャスティスは仕方なく大人しくした。


 どうせ家宝なんて出てこない、そう思っていたが――


「…ありましたッ!」


 衛兵が無理矢理にこじ開けたポーチからディザイガ城の紋章が刻まれた銀の懐中時計が出てきた。



「…ぇ…なん…で……」


 ジャスティスは、信じられないという思いでそれを見る。


「…やっぱり、お前だったんだな」


 ロウファの悲しげな残念そうな声にジャスティスは、


「…違う! 僕じゃない! こんなの知らないよッ!」


 大声で言い、駄々っ子のように首を横に振る。


「往生際が悪いよ、ジャスティス」


 低く言うロウファは恨みがましくジャスティスを見つめた。嫌悪の眼差しが突き刺さる。


「…違う……ロウファ……」


 ジャスティスの声は震えていた。


「…信じて…僕じゃない…。僕は…知らない……。なんで……? なんで―……」


 嫌々するように首を横に振り続ける。


「……何で……ロウ、ファ……」


 そこまで言ってジャスティスの視界は闇に落ちた。衛兵の一人が、ジャスティスを気絶させたのだった――











「…なん、で……?」


 身に起きた光景を思い返し、ジャスティスは小さく呟いた。その声はモルタルの壁に吸い込まれるように消え入る。



(そもそも何で僕は濡れ衣を着せられたの? ロウファに何かした? それにしたってこんな仕打ち……)


 膝に自身の顔を乗せてジャスティスは今の状況を考える。


 自分を置いて行ってしまったロウファ。あの洞窟から一夜は経過していた。


(…僕があそこで寝入ってからロウファに何かあった?)


 そう思うのが妥当だった。でなければ、ロウファが『あんな事』する筈ない。


 そこまで考えてジャスティスはここから出ようと立ち上がった時だった。



「…クソッ離せ! 何でこうなるッ?! 嵌めたのあの大臣だろうがッ!!」


 大声で喚き散らす男性が、両脇を衛兵に羽交い締めにされながら入ってきてジャスティスの向かいにある牢へ乱暴にぶち込まれた。


「おいッ! 嵌められたってつってんだろ! このッ出せよ! クソッ! 出せって!」


 牢の鉄格子を鷲掴みにしガシャガシャ揺らしている。


「―……」


 そんな男性をジャスティスが黙って見ていると、


「何だよお前」


 探るような表情で言われた。



「…あの、『嵌められた』って……?」


「……は?」


 ジャスティスに問いに男性は訝しげにジャスティスを睨んだ。



「…あ…すみません。あの…聞こえちゃったんで……」


 ジャスティスが取り繕うように言えば――


「ー……」


 そんなジャスティスを一瞥し、


「…そう言うお前は? 何でここにいる?」


 質問を質問で返してきたようだった。


「…えっと……僕は…」


 ジャスティスは考えてみたが、『分からなかった』。


 身に覚えのない罪を着せられて無理矢理にここに放り込まれたようなものだから。


「…ちょっと…よく、分かりません……」


 素直にそう言った。


「―…はぁ?」


 男性が素っ頓狂な声を上げる。


「…分からないって……。と言うか、余程の事しでかさないと『こんな所』には居ねぇだろ」


「…なんか、濡れ衣をきせられたみたいで……」

 

 ジャスティスがそう言うと男性は鉄格子に額を擦り付け、


「―…詳しく話せ」


 と、真顔になっていたのでジャスティスは多少面食らいながらも牢に入れられた経緯を話した。



「ー…成程な。その級友に突然濡れ衣を着せられたって訳か」


「……はい…」


 ジャスティスはひどく悲しげな表情を見せた。そんな少年の姿に同情したのか、


「まあ――俺も似たようなもんだ。相手は大臣だったけどな」


 男性はわざと明るい声で言ってみせる。



「…大臣……そう言えば、ロウファは大臣を呼んでました」


 男性の言葉にジャスティスはふと思い出したように言う。


「お前んとこにも大臣がいたのか?」


「はい」


『大臣って、あの似合わねぇ紫の法衣着た奴だよな?』


「…ぷ、ふふ…」


 男性が至極真っ当な顔で呟くのでジャスティスはおかしくなってつい笑い声を出してしまった。


「なんだよ、おかしな事言ったか?」


「…いえ。あの……大臣、の…姿……」

 訝しがる男性にジャスティスは笑いを堪えながら言う。


「ああ。あれはあの大臣が悪い」

 ジャスティスの笑いの原因を理解したのか、男性は一つ返事で頷き、「あれは誰でも笑う」と断言して笑う。



「…何やら『大臣』がきな臭そうだな」


 ひとしきり笑ったあと、男性は腕組みをして牢の至る所を見回し――


「…クソ、どうにかして出られねえかな」


「…それって、『脱獄』ですか?」


 ジャスティスが少し驚いたように目を丸くすると、


「…人聞き悪い事は言うんじゃねぇ。第一、悪い事してねぇだろ」


 男は眉間に皺を寄せて憮然とした。



「いやまあ、はい…」


「なら『脱獄』って言わねえの」


 ジャスティスが曖昧に返事をすれば勝手に締め括ってしまう男性。




「―…あのー」


 ジャスティスが『どうしようか』と考えあぐねいている男性に声をかけてみると、


「なんだよ?」


 天井のあたりをしきりに見ていた男性はこちらを向く。


「ここから出たいんですよね?」


「だからそう言ってるだろ」


 向かいの少年の間の抜けた問いに男性は訝しがる。


 よくよく見れば、騎士学校の生徒のようで――大方、『貴族』の嗜み程度に騎士学校に入っていると言う感じだった。


 顎に手を添えて考え事をしていたかと思えば急にしゃがみ込み手を伸ばして施錠された『南京錠』を調べるように眺めている。


「…お前…何、やってんだよ?」


 男性が少年に問い掛ければ――

「多分、出れますよ」

「……は?」

 少年の言葉に、男性は間抜けな声を出して目を丸くした。


(何言ってんだ、こいつ…)


 と、心中思う男性。そんな男性を余所に向かいの少年は、


「…針金とか、ありますか?」


「『針金』? …んなもん何に……ってまさか――」

 男性は何かを察したのか、唾をゴクリと飲み込んだ。


「何か、先の細いのあればいいんですけど…」

 と、軽い口調で言う向かいの少年は、鉄格子の扉部分に施錠された南京錠を手にして鍵穴を覗き込んでいる。



「…お前…開けれるのか、それ」


 向かいのプラチナブロンドをした少年に男性はちょっと信じられないと言った表情をしている。


「あ、はい。多分…」

 

 少年が頷くと、『マジかよ…』と男性は呟き、ベストの懐からダガーを鞘ごと取り出し地面を滑らすようにして少年に向かって投げた。



「…ぇ…あの」

 ジャスティスは爪先に当たったダガーと男性を交互に見て、

「…これ……」


「先が細ければいいんだろ? それ使えよ」

 どうせ口先だけだ。と、男性は思っていた。だから――


『出れたら御の字』。『出られなかったらそん時考える』。


 と、まるで『賭け事』のように少年の行動を見守ってみた。




 少年はダガーを抜き放つと刃を一目見て呟いた。


「…へぇ。両刃の『業物』ですね」


「―…ッ!」


 少年の呟きに男性に片眉が微かに跳ね上がる。


(…あれを『業物』だと、一目で理解したのか? …コイツただのガキじゃないな……)


 男性に、少年に対する警戒が高まった。



 それはそうだろう。『普通の一般貴族』である子息だったら本来ダガーの性質など分かりもしない。それを向かいの少年は、『一目』で理解したのだから。




 男性がそんな事を考えているとは露知らず、ジャスティスはダガーを手に少し嬉しそうだった。



(…剣身は鉄拵え。柄は鹿の角。細身で切れ味は良い。だけど少し重いかな。)


 ――まるで鍛冶職人のような考え方。


 ジャスティスは物心ついた時から『鍛治』に興味があった。周りの貴族たちは他の遊戯に夢中だったがジャスティスは武器を作ったり薬草を調べたりと、ちょっと周りとは違うものに興味があり、その事については本人も不思議がってはいるようだが趣味のような感覚で捉えている。



「…ちょっと無理か……」


 ジャスティスは自分のいる方の牢扉に付けられている南京錠の鍵穴にダガーの切っ先を入れてみたが、やはり先が奥まで入らない。ダガーの刀身と柄部分を見れば刀身は、はめ込み式のようで柄と分離させられる。徐に柄を引き抜くと――鋭利な刀身だけが姿を現す。


「―…ん〜と、あの……すみません」


 ダガーを貸してくれた男性に上目遣いで先に謝るジャスティス。


「…は? 何であやま……」


 ――バキンッ!


 首を傾げる男性の言葉尻が金属音によってかき消された。


 それは、ジャスティスが剥き出しになった刀身を、柄に嵌め込まれていた部分から半分に踏み折った音だった。



「あーッ!? おまッ、ちょ……折りやがったな!」


 男性は驚いてすぐさま鉄格子を掴み、ガンガンと揺らす。


「…ぇ…だから先に謝ったんですけど……」


 向かいの牢で喚き散らす男性にジャスティスは少し困惑したような顔になった。



「だからってッ、いきなり折るとか有り得ねーだろッ!」



「―…と、開いた」

 鉄格子を握りしめ怒鳴る男性を他所に、ジャスティスは自分の方の牢扉の南京錠の解錠を終えた。



「…ぇ…お前、どうやって――」


 ゴトリ、と鈍い音を立てて落ちた南京錠を目に男性は口をポカンと開けた。



「―…今開けますね」

 ジャスティスは男性の方までくると、こちらも同じ南京錠だったので『ピッキング』で解錠する。


「出ましょうか」


 牢扉を開けて男性を促すと――


「…う、さっきは悪い……」


 バツ悪そうな顔をする男性。



「いえ。僕の方こそダガーを折ってしまったので…」


 ジャスティスはすまなさそうに俯いて、『…あの返します……?』と遠慮がちに聞いた。


「使えねーもん返すんじゃねえよ…」


 と男性が呆れ気味に言えば、


「…ですよね」


 苦笑するジャスティス。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る