第4話 レッドウルフとの闘い

4話 レッドウルフとの闘い



 しばらく歩みを進める度に、湿気はもちろんのこと、進む度に徐々に辺りの空気が暑苦しくなってきていた。

 ロウファもジャスティスも先程から気温の変化には気付いていたのだが、蒸すような暑さが充満しているようで――茹で蛸になった気分だ。



「…暑い……」


 小さく呟くジャスティス。


「俺も……」


 ロウファは立ち止まり、皮袋から水筒を取り出し水分を補給した。ジャスティスも同じく水分を摂って、


「…何で…? ここって寒い地方だよね…?」

「……こんなに暑いって事あるのか?」



 いくら鬱蒼とした森の中の洞窟でも、この暑さは流石におかしい。二人が住むディズドは、世界の北側――つまり気温が低い北国。そんな土地にいるのに、こんなに暑く強い日差しを浴びてるかのような気温にはならない筈――。




「…ッたく。実施試験ってのも楽じゃねーな!」


「まあ…試験だからね…」


「揚げ足取ってないで行くぞ!」



 ジャスティスは、こうやって冒険するのは実は嫌いじゃなかった。でもロウファは――。彼は真面目だがすぐに結果を出したがる。それがたまに裏目に出る事も少なくはない。


 先立って行ってしまうロウファの背中を見て小さな溜め息を吐いたジャスティスは、「待ってよ、ロウファ」慌てて彼を追いかけた、矢先。奥からチラリと何かが見えた――



「―…ッ!」


 ジャスティスは何かの気配を感じたのか、


「ロウファ! しゃがんで!」

 叫びつつ後ろからロウファの腕を掴んで地にひれ伏させ同時に自身もしゃがんだ。その数秒のち続けて



 ゴオォオウウゥゥ…!!



 地に伏せるようにしゃがんだ二人の頭上を炎の『霧』が舞っていった。



「―…なッ?!」


 ロウファが驚き霧の放たれた方を見やれば――


「ファイヤバード!?」


 その名の通り、全身を炎で包んだ孔雀のような大きな鳥が道を塞ぐように二匹飛び交っている。



「……ッ、暑い訳だぜ…」


「魔物の討伐ってこれかな?」


 口々に言いつつ、立ち上がり態勢を整える二人。


「――とりあえず」


 ロウファは槍をまた構え、


「やるしかないよな」


「…そうだね」


 頷きつつジャスティスも双剣を抜く。



「…行くぞ!」


 ロウファは掛け声と同時に槍の切っ先を一匹に向けて繰り出し、ジャスティスも同じようにもう一匹のファイヤバードを目掛けて双剣の刃を見舞う。


 だが二人は手応えを感じなかった。お互い一瞬だけ目配せをし同時に間合いを取る。



「―…おい」


「うん。分かってる」


 視線はファイヤバードから外さずに呟くように言葉を交わす。


「…全く手応えないがお前は?」


「…僕もだよ。…もしかして――ッ?!」


 ジャスティスは言いかけてまた身を地に伏せる。それはロウファも同じく身を屈めファイヤバードを睨みつけながら、


「―…ッ、間髪入れずの『炎の霧』か……!」


「…交互に霧を放ってくるから手出しができないね…」


「何とかならないのか?」


お互い炎の霧が届かない所まで下がり、


「…物理的な攻撃は効かないみたい……」


 言ってジャスティスは双剣を収める。


「…だろうな」


 ロウファも頷き槍を背に戻すと、


「『突いた』感覚がなかったからな」


「相反する魔術じゃないと突破出来ないかも……」


「…だな」

 ジャスティスと同じように感じていたロウファ。


「とりあえず俺が術を唱えるからお前は――…」



 ゴオオォォ…ッ!



 ロウファの言葉をかき消すように炎の霧が何度か宙を舞い残火がこちらに届く刹那――


「―…アイスシールド!!」


 ジャスティスが『晶星術(しょうせいじゅつ)』を唱えた。透き通った青色の『氷』属性を持つ壁が、炎の霧の行手を遮りジャスティスとロウファの身を守った。



「…助かった」


「うん、一応はね。また長くは持たないよ?」


 ジャスティスが上目遣いで懇願するようにロウファを見やれば――


「分かってる」

 ロウファは即答し、

「その間に凍らせる!」

 言って詠唱に入る。その間ジャスティスは注意を周りに向けた。霧は防げても他の魔物に襲われる可能性があるからだ。



 ロウファは深呼吸をし精神を集中させる。


「青と氷に連なる四神、青龍(セイリュウ)」


 詠唱ともに産まれる青い光。光球と具現した右手の二本指で菱形を描き、


「誘引する清流の依り代を具現化せよ」


 左手の二本指で四角形を重ね描き青色の八芒星を完成させた。


 青い八芒星は次第に強く輝きを増して――


「…アイシクルランサー!!」


 ロウファの術と共に八芒星は弾けてファイヤバードの頭上に雹が降り地中から鋭利な氷柱がファイヤバードを串刺しにする。



 ロウファが放った雹と氷柱の餌食となったファイヤバードは低い地鳴りに似た雄叫びをあげて赤い炎を散らし消えた。



「…やった、みたいだね」


 ジャスティスが静かに言い、

 

「早く進もうぜ」


 ロウファは服についた土埃を軽く払って足を先へと進ませた。




「……ッ」


 数歩進んでロウファはすぐに足を止めた。


「…ちょ、ロウファどうしたの?」


 いきなり立ち止まったロウファの背中に勢いでぶつかるジャスティス。



「……なん、だよ…これ……」


「…なに……ぇ…」


 数メートル先の真下。段差で低くなった場所に広がる赤と橙色に輝く液体――


「溶岩……」


 そう。赤々と煌めくその液体はまさしく溶岩。ゴポゴポと炎の液体を沸騰させているその姿は神々しくもあり、また恐ろしくもある。



「…これ…試験ってレベルだと思うか……?」


 眼下に広がる溶岩の熱気でロウファもジャスティスも顔が真っ赤になっている。


「分からない、けど……」

 ジャスティスは言いつつ首を横に振る。


 よく見ようと一歩乗り出して覗き込もうとしたその時――





 ガアァァァアアァァ……ッ!




 地面を揺るがす咆哮と共に溶岩から火柱が立ち昇る。



「―…ッ!?」


 ロウファとジャスティスは驚き後ずさる。それと同時に段差の縁に火の粉のような丸太が二本引っ掛けられた。いや、よく見ればそれは丸太ではなく丸太の大きさをした獣の前脚――



「…なん、だよコレ……!?」


 震える声で叫ぶロウファ。



 ――グガァァアアァァ!!



 二回目の咆哮で『それ』は溶岩から姿を現した。 


 溶岩の『風呂』から飛び出してきたのは赤い炎の立髪をもつ巨大な狼――レッドウルフ。




「…まさか、コイツが試験の――?!」


「そう…だと思う!!」


 二人とも既に武器を構え攻撃態勢にあるが――



「勝てるのかよ、こんなのにッ」


「やるしかないよ!」



 グオォォォォ…!



 レッドウルフは巨木をも一飲みしそうな口を開け大きく息を吸い込んだ。



「―…、避けろッ!」


 ロウファが叫んだ途端にレッドウルフは二人を目掛けて火の息 (ファイヤーブレス)を吹きかけた。


 ブレスを浴びた地面の岩肌は焼石となりブスブスと燻っている。


 ロウファとジャスティスは、ロウファの叫びと共に真横に飛び退き間一髪を避けたが。



 ブレスを吐いたあとレッドウルフは口を閉じ僅かに停止した。これを次のブレスの『溜め』と瞬時に理解したジャスティスは、この機を逃す筈なく地を蹴って跳躍する。双剣の切っ先をレッドウルフに向ける。目指すは奴の左目――


 レッドウルフもジャスティスの攻撃を読んだのか、左の前脚で蠅を追い払うように攻撃を防いだ。


「ー…クッ!」

 ジャスティスが小さく呻き、剣が弾かれた衝撃で身体は地に叩き落とされ、『ドンッ』と四肢を打つ嫌な音がする。



「アウゥ…ッ!」


 地に投げ出された痛さで咄嗟に呻くジャスティス。



「…ジャスティス!」


 ロウファが悲痛にも似た声を出す。


「大丈夫!」


 それにジャスティスは意外にもしっかりした口調で答えた。


 空中で身体を反転させて受身を取ったのが幸いしたのか身体はさほど痛くはないが衝撃は凄まじい。弾かれた剣を手放さないように強く握り締めていたせいで衝撃の振動は柄(つか)まで届き腕まで痺れさせていた。


「大丈夫か?! お前ッ!」


「うん。簡単には斬らせてくれないね」


 駆け寄ってきたロウファに手を差し出され、ジャスティスはロウファの手を借りて立ち上がる。


 ロウファはすぐさま身体の痛みを和らげる『法術(ほうじゅつ)』をジャスティスに唱えた。



「キュピレイ」


 ロウファが掲げた掌から淡い水色の光が発せられ、それはジャスティスの身体中にまとわりつくと霧散するように消えた。『水』の属性であり傷口を癒し痛みを和らげる効果を持つ『法術』である。


 ジャスティスは自身が受けた衝撃痛が徐々に和らいでいくのを身をもって感じ取り――


「ありがとうロウファ」


 素直にロウファにお礼を言った。



「いや」


 ロウファは小さく頭を振り再びレッドウルフに視線を向ける。

 ジャスティスも同じようにレッドウルフを見ると、それを待ち構えていたのか――



 ――クカァァァ……ッ!!



 レッドウルフは再び息を吸い出した。


「……ッ、ロウファ! 僕がヤツの気を引き付けるから…!」


「ちょ、でもお前――」


 早口で言って間合いをとるジャスティスに言い淀むロウファ。


「魔力はキミの方が高い! この一瞬しかないから!」


「―…おうッ!」


 ジャスティスにそこまで言われ戦法を理解したロウファ。頷いて術の詠唱に入る。



「青と氷に連なる四神、青龍(セイリュウ)! 誘引する清流の依り代を具現化せよっ!」


 ロウファは素早い詠唱動作で青い八芒星を自身の前に作り描いた。



 ロウファの八芒星の完成と同時にレッドウルフが、ロウファの対角線上にいるジャスティスに向かってファイヤーブレスを吐く。


「―…今だよッ!」


 ジャスティスの合図のあと――


「ヒョウガ!!」


 ロウファは力ある『術』を発した。


 ロウファが産み出した青の八芒星は無数の拳大の雹となってレッドウルフを目掛けて降り注いでいく。




 ガアァァァアアァァ……ッ!



 一際大きい咆哮をあげるレッドウルフ。縦横無尽に降り注ぐ雹によってレッドウルフは暫し身体を硬直させた。



 その間、レッドウルフの二度目のブレスを掻い潜ったジャスティスは次の術の詠唱に入っていた。


「黄と地に連なる四神、白虎(ビャッコ)! 不変なる光刃の依り代を具現化せよっ!」


 黄色に輝く八芒星を完成させる。



「グァバラッ!」


 瞬間に黄色の八芒星は消えて次に段差に縁から鋭利な石柱が飛び出し、レッドウルフの顎を薙いだ。



 ガアァァァアァァーー!!



 断末魔の叫びにも聞こえる地鳴りのような咆哮と共にレッドウルフの姿は黒い煙となって霧散した。




「…やった、のか……?」


「多分、ね……」


 レッドウルフの姿が完全に消えたのを確認してからロウファは ジャスティスに近付く。


 徐に手を掲げ――『キャラエド』と、法術を唱える。


 途端にロウファの身体を覆い込むように白い光が溢れ、それはジャスティスの身体も包み込む。


「…ロウファ、ありがとう」



「とりあえず、戻ろうぜ」


「……うん」


 踵を返して来た道を引き返すロウファ。


 ジャスティスも同じように背を向ける――その前にチラリと溶岩溜まりを見た。


 レッドウルフは退治したのに空気が『まだ』淀んでいる。溶岩の光に照らされて岩壁が所々反射してその隙間から暗い深淵が覗きこんでいるようでジャスティスは少し怖くなって逃げるようにその場を後にした。



「お前、何やってたんだよ?」


 ロウファの後を追ってくると、彼は巨大な『キノコ』の所でジャスティスを待っていた。


「ごめん。待たせちゃった…」


「別にいいけどよ、ちょっと――休憩しようぜ」


「…うん……?」


 ロウファは座り込み壁に寄り掛かる。ジャスティスもロウファの隣に座るが不思議そうに彼の顔を覗き込むと、


「なんだよッ? 俺だって疲れてんのッ」


「あ、うん。そうだよね」



「…ふぅ……」


 ロウファは頭の後ろで腕を組み深い溜息を吐いた。


「そういえば――あの『キノコ』は?」


「俺がここに来た時はもういなかったぜ」


「そう、なんだ……」


 隣にいるロウファに若干の違和感を持ち、不安になったジャスティスは膝を抱え込んでしまう。


「…ジャスティス?」

 ロウファはジャスティスの肩に手を乗せる。

「お前…大丈夫か……?」

 切れ長の瞳が心配の色で微かに揺れた。


「うん…大丈夫……」


 ロウファに心配をかけたくなくて小さく呟くジャスティス。




 ――違和感は、ロウファじゃない。この空間だ。


 ここにいると呼吸が乱れ頭がおかしくなりそうだった。


 早くここから出なければ――


 頭では分かっているのに身体が言う事をきかない。ひどく疲れてしまった。


 でも早くここから出ないと。


(…早く……出ないと………)


 そう思っているのに。頭は警鐘を鳴らしているのに。


 ――身体は鉛のように重い。そしてすごく眠い。



「…ロウファ…ごめん、ちょっと……」

(ダメだ! 早くここから出なければ!)


 相反する、思考と肉体。


「…ちょっと……寝て、いい………?」

(駄目だ! 早く逃げないと!)



「…ああ、いいぜ」


 隣にいるロウファの声――




 …もう……疲れた…………。



 その言葉を発する前に、ジャスティスの意識は深い闇に堕ちた。

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