未来へ②
──深夜。
初夏の爽やかな風が、メリーアンの頬を撫でた。
ポニーテールにした髪が、風に揺れる。
メリーアンはマニュアル本を持って、中庭で空を見上げていた。
「…‥まさか空に浮かぶ星の一つ一つが、世界だったなんて。あの中に、地球という星もあるのかしら」
自分のルーツが地球という星にあると聞いた時は動揺してしまったが、今は不思議と、なんとも思わない。何も特別なことではなかった。ただその星の血を持っているというだけ。血に特別な力が宿るわけではないのだ。
だからこそ、妖精の展示室を守るためには、自身が努力するほかない。
「敬意を忘れずに、ね」
マグノリアも、クイーンとこの話をしたのだろうか。
この話を聞いて、彼女はどう思ったのだろう?
「マグノリア、あなたと話してみたかった」
そう呟いてから、メリーアンは軽く首を横に振った。
「……いいえ、あなたはたくさんのものを私に残しれくれたわね」
そう言って、本の表紙を撫でる。今ならマグノリアがあの手紙を残した理由が、わかるような気がする。同じなのだ。どの管理人も、自信を持って引き受けたものなど、いないはずだ。なんらかの才能があるわけではなく、ただやりたいという意思で、管理人になったのだから。
「未来を守るために、過去を守らなくちゃ」
それがメリーアンの使命だ。
「意気込んでるみたいだな」
メリーアンがはっと後ろを振り返ると、ポケットに手を突っ込んだ仏頂面のエドワードが立っていた。事件以降、様々な処理に追われているエドワードは、疲れ気味だ。
王子としての務めを果たしつつ、大学職員として立ち回ったり、夜間警備をしたりと、一体どこにそんな体力があるのか、メリーアンは不思議に思う。
「もちろんよ。正式に雇ってくれることになったんだもの。またあんな事件が起こらないように、しっかりしなきゃね」
正式に夜間警備員となったものの、メリーアンはすでに大きな騒動を起こしてしまっている。
「これ以上、妖精たちを傷つけるような事件を起こさないって、神に──クロノア神に誓ったの」
あの事件以降、メリーアンとライナスは、クロノアの信徒となった。ライナスは正式にプリーストを目指して神殿で修行をしている。メリーアンはプリースティスを目指しているわけではないが、自らが主に仕える神をクロノアと定めた。これからも神殿で暮らし、神に貢献するつもりだ。
「別に神殿で暮らさなくても、俺の家に住めばよかったのに」
「なにそれ、恐れ多すぎるわよ」
冗談かと思い、笑って返したメリーアンだったが、エドワードは真剣なようだった。
「…‥エドワードって、私に優しすぎない? 私が魔法を使えることを黙ってたのも、許してくれたし」
結局、クロムウェル領を浄化した際に、エドワードにはメリーアンが魔法を使えることがバレてしまった。黙っていたことを怒られるかと思ったが、エドワードは何も言わず、メリーアンの意図を汲んで知らないふり──つまり王家には報告しないでいてくれた。王家には、現地にいたプリーストたちが活躍してくれたおかげで、ミアズマの大半が浄化されたと伝えている。
「別にこんくらい普通だろ?」
エドワードは頭をガシガシかきながらそう言った。
「本当に色々と助けてくれてありがとう。でもやっぱり、なんだかエドワードって、最初からまるで知り合いみたいに、優しいような……」
そう言うと、エドワードはじっとメリーアンを見つめた。
「……実は、ずっと前に、俺はあんたを見かけたことがあるんだ」
「えっ、どこで!? いつ!?」
初めて聞く話に、メリーアンは驚いた。
「それは……」
エドワードが話そうとしたところで、深夜0時を告げる鐘が鳴った。
博物館の中から、金色の光が漏れてくる。
展示物に、命が吹き込まれたのだ。
「まあ、その話はまたいつかな」
「ちょっと、今聞かせてよ!」
そう言ったところで、窓をこじ開けて、小さな妖精が飛んできた。
リリーベリーだ。
魔術の核にされていたときは瀕死の状態だったが、今ではもうすっかり回復して元気になっていた。
「メリー、大変よ! 中でアヴェリア花が暴れ回ってる! 早く来て!」
「アヴェリア花? 聞いたことない植物ね。どんな花なの?」
「人喰い花よ! 食べられたら、粘液で消化されちゃう!」
「あー…‥とっても素敵な花ね」
「ララとユリウスの新婚祝いに贈りたいぐらいにな」
エドワードの皮肉に、メリーアンは思わず吹き出した。
「冗談言ってないで、二人とも早くきて! このままじゃ博物館がドロドロに溶けちゃうわよ!」
リリーベリーはものすごいスピードで、博物館に戻っていく。
「そりゃあ一大事だ。早く行こうぜ。さっきの話は、仕事が終わってからな」
エドワードが肩をすくめて、リリーベリーについていく。
メリーアンはクスクス笑いながら、ふと気付いた。
ララとユリウスの話を聞いても、もう以前ほど胸の痛みは感じない。
(こうやって、少しずつ忘れていくのかな)
日にち薬は、クロノアが人間に与えた祝福だ。
ゆっくりでも、人は悲しみを受け入れ、前に進む。
(私、決めたんだ)
──悲しみと一緒に歩いて行こうって。無理に忘れなくても、乗り越えなくても、いい。
大きな悲しみに触れたメリーアンは、きっと優しい人になる。人の痛みをわかる人に。
立ち止まっていたメリーアンを振り返って、エドワードが声をかけた。
「どうしたメリーアン。怖いか? もう働くのが嫌になっちまったか?」
「……私を誰だと思ってるの? 一度死んだ女よ。怖いものなんかないわ。むしろ……」
メリーアンはニヤリと笑う。
「私、こういうの大好きっ!」
満天の星の下、ポニーテールを靡かせて、メリーアンは駆け出した。
オリエスタ魔法史博物館。
過去と未来が、人間と妖精が交差する場所。
人が行き着くその未来を少しでも良くするために。
歴史を繰り返さないように、情報を歪めてしまわないように、正しく伝えることが、魔法史博物館の使命だ。そしてそんな魔法史博物館を守ることが、メリーアンの仕事。
──私たちが守った過去から、どんな未来が続くのかしら? 今日は、どんな一日になる? わからない。わからないけれど、きっと騒がしくて楽しい日になりそうな気がする。
今宵も、奇妙な博物館での仕事が幕を開ける。
エピローグ メリーアン END.
あとがき
完結が遅くなってしまいすみません。
皆様のおかげで書き切れました。
(実はあと一話あるのですが)
誰かのためじゃないと書けないということに気づかされました。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
また、実はこの作品、去年書籍化しておりまして、2巻が本日発売します(何も言ってなく申し訳ない)
LINO先生のイラストがとっても可愛いので、ぜひお手に取ってみてください。
あとコミカライズもします。
ねこたか先生に背景まで細かく書いていただいているので、こちらもよろしくお願いいたします!
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