最終章 私の博物館
再会
「くそ! どうなってる!」
頬に飛び散った魔物の血を拭って、クロムウェル騎士団のレオンは悪態をついた。
斬っても斬っても湧いてくる魔物に、体力は限界を迎えつつある。
「ガイ、応援はまだなのか!? この調子で魔物が湧いてくるんじゃ、いつまで持つかわからないぞ!」
「今朝王城へ向けて伝令を出したが、駿馬で駆けても半日はかかる。周辺の騎士や魔導士をかき集めて、夜が明けるまでこっちでなんとかしないとだめだ!」
「そんなに持つかよ!」
過去に類を見ないほどの魔物の強襲に、レオンたちクロムウェル騎士団は疲弊しきっていた。
──その現象は、突然に起こった。
いや、予兆は数日前からあったのかもしれない。
聖女ララによって浄化されたはずの土地に、ポツポツと魔物が生き残っていたのだ。当初は狩り残した魔物が残っていたのだろうと深くは考えていなかった。しかし今日の朝、事態は急変した。
突如クロムウェル領に大量の魔物が沸き始めたのだ。
ミアズマが再び発生している。それも以前よりもさらにひどい状況だ。
一体何が起こっているのか、レオンたちには想像もつかなかった。ミアズマは魔物と疾病を呼びよせる性質がある。魔物だけでなく、領民たちは一気に体調を崩していった。ララが浄化する前よりもかなりひどい状況になってしまっている。
ひとまず領主であるユリウスと相談し、領民たちを避難所へ集め、すぐに王宮に伝令を飛ばした。周辺から、集められるだけ戦力とプリーストたちを集め、領民たちを守らせている。幸いなことに、長年ミアズマランドだったクロムウェル領には、十分な人数を収容できる頑丈な地下避難所があった。そのおかげで、今のところ体調不良者と怪我人はいるものの、死者は出ていない。
慈愛とフリージアのエリスのプリーストたちが集まってくれたおかげも大きいだろう。
「何が起こってるかわからんが、とにかく避難所を守るぞ!」
ガイがそう叫ぶと、あちこちから騎士たちの了解の声が飛んでくる。しかしその声には深い疲労が滲んでいた。
(せめて原因がわかれば、そこを叩きに行くのに……)
原因を突き止めようにも、魔物がどんどん湧いてくるせいで、頭を回す余裕が全くない。そもそもミアズマが原因なので、浄化の力を持たない騎士たちには、魔物と戦うしかすべがない。
しかしレオンには引っかかることがあった。
(仮に聖女様が浄化し損ねたとして……こんなに一気にミアズマが湧くなんてこと、あるのか?)
今の状況は、以前ミアズマランドだった時よりもひどい。
そして確か……過去にも一気にミアズマが増加した事例があったはずだ。
(あれは、確か……)
何か嫌な予感が胸に過ぎる。
思考に耽っていたせいだろうか。
「レオン、後ろ!」
「!」
はっとしたときには、遅かった。
振り返れば、魔物の牙が迫っていた。咄嗟に剣を振るおうとするが、間に合わない。
(おいおい、まさかここで終わりなのか?)
レオンがそんなことを思った時だ。
何か短く鋭い音がした。予想していた衝撃や痛みは全くやってこない。
その代わり、魔物の首がゴトリと落ちて、レオンの足元に転がった。
「刃が鈍っているな。もう一度焼き入れしなければ」
凛とした男性の声があたりに響いた。
「君。稀代の刀匠ベルクール・オルアの居場所を知っているか?」
「……そいつなら、もう百年も前に死んでるが」
「ああ、そういえばそうだった。私は彼の墓にこの手で花を供えたのだ」
冷静に答えてしまったのは、その青い髪の男性があまりも穏やかで、まるで世間話でもするかのように話しかけてきたからだろう。
ここが戦場だと言うことを、レオンは一瞬忘れてしまった。
人間離れした美しさを持つ男だった。
ガラスのように透き通った青い瞳。その姿は、まるで人形のような──。
「レオン!」
「うぉっ!」
懐かしい声が聞こえてくると同時に、突如体に衝撃を感じた。
見下ろせば、見慣れた茶色の髪が、レオンの前で跳ねていた。
「お……お嬢様!?」
大好きなその声を、聞き違えるはずがない。
「よかった、よかった、無事で!」
ぎゅうと抱きしめてくるメリーアンに、レオンは再び呆然としてしまった。さっきから不可解な現象が続き、まるで夢でも見ているようだ。
(今朝からのことは、全部夢だったのか?)
そうだとしたら、たとえこんな状況だったとしても、ずいぶん幸せな夢だと思う。
(お嬢様と再会できたんだから……)
*
(まさか、そんな……)
レオンたちクロムウェル騎士団と再会したメリーアンは、騎士団から情報提供を受け、ある一つの答えに辿り着こうとしていた。
メリーアンたちがクロムウェル領に着いたのは、博物館を出発して数時間が経った頃だった。空路を進んだおかげで、ずいぶんと早く領地に到着することができた(メリーアンは馬車で行く数倍疲れ切っていたが)。
マロウブルーの姿を見せるわけにはいかない為、彼には森の中で待機してもらうことになった。
「待て」ができるのか若干不安なメリーアンだったが、沸いた魔物を夢中で食べていたため、しばらくは問題なさそうだ。
(ただ単にミアズマが復活しているわけじゃない。急激にミアズマが増殖している……)
ララの浄化が不十分だったことで、ミアズマは再び発生してしまった。その上、過去に類を見ないほどミアズマが濃くなってしまっている。そして、攫われたリリーベリー……。
この三つの事実を繋げてみると、嫌でも一つの仮説が浮かび上がってくる。
「あの女……」
おそらく同じ答えに辿り着いたのだろう。エドワードからビリビリとした殺気のようなものを感じて、メリーアンは身震いした。
「……とにかくララよ。ララを探して、事情を聞き出さなくちゃ」
「ああ。リリーベリーを取り返すぞ」
頷きあうメリーアンとエドワードに、話を理解できていないレオンとガイが焦ったように尋ねた。フェーブルが領地の魔物と戦う役を買って出てくれたおかげで、ほんの少しの間だが、レオンたちと話す時間ができていた。
「お嬢様、一体何が起こってるんだ?」
「……聖女様がね、もしかしたらこの事態を引き起こしているかもしれないの」
メリーアンがそう言うと、レオンもガイも妙に納得したような顔になった。やはりララは、ここでも何かトラブルを起こしていたのかもしれない。
「レオン、ガイ、今日までクロムウェル領を守ってくれてありがとう」
「この領地を守ることが、クロムウェル騎士団の使命ですから」
そう言ってガイは頷いた。
「……俺の主人は領主様じゃない。お嬢様に忠誠を誓ったからな。あんたを守ることが俺の使命なら、あんたが大切にしているこの領地を守ることもまた、俺の使命だ」
「……レオン、お前ずいぶんサボってたみたいだが?」
「サボってたの?」
「いやいやいや、ちゃんとやってたって。ここにいるのがその証拠だろ!」
慌てるレオンを見て、メリーアンは少し笑う。
(昔と何にも変わってない。私の状況が変わったって、レオンたちは普通に接してくれるんだわ)
そのことで、気分が少し落ち着いた。
「二人とも、残酷なことを言うけど……後少しだけ、頑張ってくれる? ここを守って欲しいの。ララとの話し合いが終わるまで」
そう言うと、ガイはもちろんです、と頷いた。レオンも同様に頷き、ニヤッと笑う。
「当たり前だろ。お嬢様の言うことは絶対叶えてやるさ」
そう言って昔のようにクシャクシャと頭を撫でてくれたレオンに、メリーアンは強く頷いた。
「ここをお願いね」
「任せとけ」
やりとりをそばで見守っていたエドワードと頷きあい、メリーアンは地下避難所へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます