ララの謀略


「どういうことなの、これ……」


 メリーアンは呆然として、震えてしまった。


「おい、一体どんな内容だったんだ?」

 気づけば、いつの間にかエドワード以外の夜間警備員たちが、控え室に集合していた。真っ青になったメリーアンから、ネクターが手紙を奪いとる。


「……」

 目をざっと通したネクターは、声に出してそれを読み上げた。

 そばにいたミルテアが青くなる。


「メリーアンさん、もしかしてララさんが……?」


「そう、みたい……」


(一体なんなの? 返すって、どういうつもりなの?)


 もうメリーアンはわけがわからなかった。

 どうも手紙によれば、ララはユリウスと出会ったことを後悔していて、メリーアンにユリウスを返す、というようなことを言っているようなのだが……。


(訳がわからない。一体何を考えてそんなことを言ってるの?)

 あれほどユリウスのことが好きそうだったのに。

 確かにエドワードに色目を使っていたような気もするのだが、そもそもララは今妊娠しているのだ。ユリウスと別れたとて、完全に縁を切れるわけではない。


「どういうことだい? 人形が盗まれたって……?」


「外で何か騒いでいたようだが、関係があるのか?」


 トニとオルグが首を傾げた。

 ネクターは不機嫌そうな顔をしている。


「おい、小娘。お前の事情はよくわからないが、この手紙の話が正しいなら、妖精の展示室の人形が盗まれたってことじゃないのか?」


「……みんな、本当にごめんなさい」


(私のせいだ……私の事情でみんなを巻き込んでしまった……)


 頭がぐるぐるして、メリーアンは倒れそうになってしまった。

 それでもここで倒れるわけにはいかない。

 これ以上迷惑をかけるわけには、いかないのだ。

 メリーアンは、手短に事情を説明した。


「おい、それは……」


 ネクターが口を開く。


(全部私のせい、よね……)


「そのクソ女を今すぐ火炙りにしろ!!!!」


「へっ」


 思いのほか強いネクターの怒りにメリーアンは驚いてしまった。


「少なく見積もっても頭がおかしいぞその女は!」


「そーだそーだ! いろんな意味でドロボー女ー! せめて人形を返せー! 元彼はいらんー!」


 ドロシーもぴょんぴょん飛び跳ねて、怒りを露わにする。


「ふむ。どんな事情があれ、人のものを盗むのはいかんな。おまけにそれを出汁にメリーアンを誘き寄せようなんて」


 オルグが落ち着き払って言った。


「まあ、俺もネクターに賛成だ。イカれた女だな、そいつは」


「みんな……」


 メリーアンは驚くと同時に、どこかホッとしていた。


(私、もっと責められるかと思ったのに……)


「メリーアンさんは何も悪くないですよ。悪いのは博物館のものを盗んだあの人です」


 メリーアンの心を読んだかのように、ミルテアがそう言ってメリーアンの背を撫でてくれた。

 まさかユリウスの浮気がここまで大ごとになるなんて。


(一体どうなってるわけ……)


 ネクターはひどい言い方をしているが、メリーアンはその通りだとしか思えなかった。ララが何を考えているのか、もうメリーアンにはさっぱりわからない。


(でも……どうしてララが博物館の人形を盗んだの?)


 メリーアンはふと気になった。

 それと同時に、いつの間にか外へでていたトニが戻ってきた。

     *

「みんな、おかしなことがあるんだよ」


 そう言って、トニはリリーベリーの偽物の人形を持ってきた。


「見て、これ。かなり精巧な人形だ。よくメリーアンは気づいたね?」


「だっていつも見ていたもの。本物は、もっと鮮やかな色の宝石に、繊細なレースで編まれた羽根をしていたわ」


「……こっちもかなり質は良さそうだが」


 オルグが人形を持ち上げて、あちこちを観察する。

 トニが言った。


「そこなんだよ。そもそも、なんでそのララって人は、メリーアンがこの人形を大切にしているって気づいたんだい?」


「……私、あの人たちに自分が博物館で働いている、なんて言った覚えもないのよ」


 誰かから聞いたのだろうか。

 その可能性はなくもないが、それにしてもだから人形を盗むなんて、考えがとっぴすぎる。


「イカれた女がやりそうなことだ」


 ネクターが鼻息を荒くして言った。


「でもさ、考えて見なよ。今の状況だと、まるでララが、夜の博物館の秘密を知っているみたいじゃないか」


「……」


 メリーアンの頬を冷や汗が伝った。

 トニの言う通りだ。

 しかしこの博物館の秘密は、国家機密。

 夜間警備員、幾数人かの博物館職員、そして王家とそれに連なるものしか、この博物館の秘密を知っているものはいない。


「……いちいち人形を盗んで偽物まで用意するなんて、そのララとかいう奴は、そこまで知恵が回る女なのか?」


「……あの人は、そういうことは考えない、と思うけど」


(じゃあ……じゃあ誰が考えたっていうの?)


 メリーアンが顔を上げると、緊張したような面持ちのトニと目があった。


「そうなんだよ。だってその人、こんなに精巧な人形をすぐに用意できる? 人形を奪うことがメリーアンにとってクリティカルなダメージになることが、想像できるのかな」


「……」


「だからもし、ララって人がその作戦を考えたんじゃなかったとしたら……」


「……他にララを操っている人がいるってこと?」


「そういうこと」


 全員の顔が青くなった。

 顔色が赤くなったり青くなったりと、忙しい日である。


「でも一体、誰がそんなことを……どうして?」


「わからない。でも人形が盗まれた以上は、もう僕たちだけではどうしようもないよ」


 オルグも唸る。


「そうだな。ちょっくらエドワードが来るのを待ってみるか」


 エドワードは今、クロムウェル領のために動いてくれているのだ。

 それだけでも負担だろうに、さらにややこしいことになってしまった……。


(エドワード……)


 メリーアンは不安な気持ちを抱えながら、首にぶら下げたフェーブルの鍵をぎゅ、と握ったのだった。

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