盗まれたリリーベリー


(そんな、まさか……)


 メリーアンはリリーベリーの人形にずい、と近づくと、改めてよく観察してみた。


(でもやっぱり……よく似ているけれど、色が違う……)


 桃色の髪や紫の瞳が、いつもよりずっと色褪せているような気がした。

 まさか、そっくりなものにすり替えられたのか?

 メリーアンは真っ青になってしまった。

 人形師が作ったこの人形は、本物の宝石が散りばめられていたり、糸の宝石とも呼ばれる特殊な製法で編まれたレースを使った衣装が、ふんだんに使われている。

 闇市で売り払えば、相当な値段になるはずだろう。


(まずい……)


 リリーベリー以外にもすり替えられた人形がないか、メリーアンは慌てて確認する。

 何度もこの展示室に来ていたおかげもあってか、メリーアンは人形の細かな部分まで覚えていた。


(今のところ、リリーベリーだけみたいだわ……)


 メリーアンの強い不安が伝わったのだろうか。

 ポケットに入れていたフェーブルの鍵が、輝き出した。


     *


「フェーブル! リリーベリーの人形が……!」


 やってきたフェーブルに、メリーアンは慌てて事情を話した。

 フェーブルは展示室を見回して、リリーベリーの人形に目を向ける。


「……確かに。彼女の魂の器にはなり得ないものだ」


「リリーベリーは今どこにいるの?」


「私も、それを君に聞こうと思って、ここへ来たんだ」


 フェーブルの顔は深刻だった。


「数日会わないと思っていたのだが……まさか人形ごと、消えているとは」


 フェーブルもいつもリリーベリーと一緒にいるわけではないのだろう。


「じゃあリリーベリーはそっちにもいないのね?」


「おそらく」


 困ったような顔でメリーアンを見つめるフェーブルに、メリーアンはしっかりしなければと首を横に振った。


(ひとまず、博物館の人たちに報告しましょう)


     *


「そんな、まさか……」


 博物館の学芸員たちは真っ青になっていた。

 中でも顔色が悪かったのは、ベティローズだ。

 彼女はこの博物館がどのような役割をしているのか、よく知っているのだから。

 リリーベリーがあちらの世界にいないということは、人形の中に魂が入りっぱなしになっている可能性がある。そうすると、何が起こってもおかしくはない。


「すぐ王宮に連絡をするわ」


 ベティローズはメリーアンに囁いた。

 メリーアンはうなずく。


「ねえ、マイルズを知らない? 彼なら何か知ってるかも」


「ちょっと待って、マイルズよりアイリーンの方が……」


 学芸員たちはそれぞれ、自分たちにできることがないか、動き出していた。


     *


 バタバタしている間に、時刻は閉館後になっていた。

 ひとまず人形がすり替えられた可能性があることを報告したメリーアンは、ぞろぞろと揃いつつある夜間警備員の控室に向かった。


「ねえちょっと……」


 控え室にいたのは、ドロシーとネクターだった。

 二人は机の上に置かれたものを見て、首を傾げていた。


「ねえメリーアン。なんかこれ、メリーアン宛の手紙みたいだけど……」


「え?」


 メリーアンは差出人の名前を見て凍りついた。


 ──ララからの手紙だったのだ。

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