キャロットケーキ


「さて。明日であんたの試用期間も終わりだな」


「……ええ。随分長い間働いたような気もするのだけど。あっという間だったわね」


 真夜中の博物館。

 集まった面々を見回した後、エドワードはメリーアンを見てそう言った。


「どうだ? 心残りはあるか?」


「あるわよ。せめてそれを片付けてから、辞めるなら辞めたい」


「ええっ? メリーアンやめちゃうの?」


 ドロシーがギョッとしたように言う。


「違うわ。私が決めるんじゃないもの。それを決めるのはクイーンよ」


「メリーアンさんだったら、きっと大丈夫だと思いますよ」


 ミルテアが微笑む。


「……そうかしら」


(私ほどここに似合わない人もいないかもね)


 メリーアンは苦笑してしまった。

 妖精たちは博物館を通して、人類を観察していると言うのに。

 メリーアンときたら、人間の一番汚い部分を存分に見せてしまっているような気がする。


「でも、私、やるわ。最後まで任された仕事は全うする」


 ここにきて、メリーアンは変わった……のだろうか。


(心の整理はついたけれど……ううん、やっぱり性格は特に変わってないのかも)


 若干情緒不安定だし、ぐずぐずしてるし。

 それでもやると決めたら、最後までやり通す。

 要するに頑固な性格をしているのだ。


「それが管理人の役目だもの」


 メリーアンの呟きに、エドワードは頷いた。


「よし、そろそろ行くか」


 その声で、全員がそれぞれの展示室へ向かう。


(ああ、そういえば変わったこともあるわね)


 チラチラと視線を感じていたメリーアンは、振り返って視線の元に駆け寄った。

 さっきからバスケットをじっと眺めていたのは、甘いものが大好きなネクターだった。


「ネクター? あなたお菓子好きでしょう?」


「……」


 怪しむような視線を受けて、メリーアンはにっこりと笑う。

 バスケットから布に包まれたケーキを出すと、ネクターに押し付けた。


「はい、この間呪いについて教えてくれたお礼」


 ネクターは布を解くと、子供のように顔を輝かせた。


「……なんだ。お前、お菓子作りが上手くなったのか?」


「ふふふ」


 メリーアンはにっこりと笑った。


「そうよ。お菓子を作るのが上手くなったの」


(ついでに、珍獣を手懐ける腕もね!)


 実はこのケーキ、にんじんたっぷりの野菜ケーキだった。

 野菜は細かく刻んでいるので、味は全くわからないだろう。


 変わらないものなどない。

 メリーアンは目を輝かせるネクター見て、ニヤリと微笑んだのだった。


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