お嬢様がいないなら ある騎士のため息③

「離しなさい、この無礼者!」


 ローザが暴れたので、レオンは手を離す。


「……申し訳ございません。ですが子どもに暴力はいけません」


「聖女様に無礼なことを言う子どもなど、躾されて当然です!」


 怒りも収まらぬというローザをそっと制して、ララがぽつりと呟いた。


「あなたはね、特別な子ではないから、学校に行ったって意味ないのよ?」


「え?」


 突然話し出したララに、ポールがポカンとする。


「神様に選ばれた子しか、贅沢はしてはいけないの。だからあなたに学は必要ないわ? 悪いけど、そういうことにお金は使えないわね。ユリウスに言っておくわ」


 そう言って、ララは悲しそうにつぶやいた。


「どうしてみんな、私の言うことを聞かないのかしら」


     *


「イカれてるな、あの女」


 ──ガイのセリフだ。

 とうとうガイまで口が悪くなってしまった。

 それほどまでに、ララはガイをイラつかせたのだ。


 ひとまずララとローザには帰ってもらった。

 マージは支援金を取り消すと言われて取り乱していたが、そもそもポールのスクール行きの最終決定を下したのは、ユリウスだ。今更それをひっくり返すこともないだろうと宥めて、二人を家に返した。


「いいよ別に。僕、学校に行けなくたって。それよりメリーアン様に会いたい」


 帰り際、そう言って悲しそうに目を伏せたポールは、この場にいる誰よりも大人だったことだろう。

 レオンはメリーアンと先代のクロムウェル伯爵の他に、初めて人を尊敬した。

 わずか五歳の子供に、自分の未熟さを思い知らされたのだった。


「でもわかったことがある」


 レオンはつぶやいた。


「あの紋章、思い出したよ」


「俺もだ」


 ガイは頷いた。


「ありゃあ、クラディス侯爵家の紋章だ」


 クラディス侯爵は、ベルツ公爵と同じ、古くから王家に仕える名門貴族だ。

 確か先先代では、王家の姫が当主に降嫁しているはずだ。しかし姫を差し置いて、当時の侯爵は娼婦の女を寵愛し、姫を冷遇していたという。悲観に暮れた姫は自殺してしまい、後にその出来事は演劇となり、民衆にも広く知れ渡ってしまった。

 先先代の頃から、クラディス侯爵は王家からの信用と発言力を失ってしまっているのだった。


「だとしても、なんでそいつらがメリーアン様のことを嗅ぎ回っているんだ?」


「あのローザとかいう女も、クラディス侯爵家の回しものっぽいよね?」


 貴族の情報に疎い二人では、答えに行き着くことができなかった。

 しかし何にせよ、どうもメリーアンが厄介ごとに巻き込まれているのは確実なようだ。


「警備をもう一度固めよう。こりゃあ、なんだかきな臭くなってきたぞ」


「……そうだね」


(お嬢様、あんたはもしかして……)


 レオンは不意に、昔メリーアンとユリウスに教えたあることを思い出した。


 幼い頃、一緒に遊んでいた三人は、魔獣に遭遇したことがある。

 そこでユリウスとメリーアンは一緒に戦おうとしたが、レオンはそれを止めたのだ。

 

「あんたたちは逃げて。それが守られる側の義務だ。戦闘はプロに任せて、とにかく逃げろ。遠くまで」


 綺麗事で言ったのではない。

 実際騎士団ではそう教えられる。

 戦闘訓練を積んでいないものが実戦に加わるなど、騎士たちからしても邪魔でしかない。


「命の危険を感じたのなら、とにかく逃げるんだ。必ず俺たちが守るから」


 レオンの胸に、不安と、それでいてあたたかなものが宿った。


(お嬢様は……俺が言ったことを、覚えていてくれたのかな)


 何か危険があるから、彼女はこの地から逃げたのだ。


 ──だとすれば、レオンは全力でメリーアンを守るだけだ。


(お嬢様、俺はあんたを助けたい)


 レオンはぐ、と拳を握りしめたのだった。


     *


 その後、一人の使用人が屋敷をクビになった。

 侍女頭のエイダだ。


 彼女は新しい働き口を見つけたのでそこへ行くと書き残して、この領地からひっそりと姿を消した──……。



 第2章 終



 ★後書き

 お疲れさまでした&ここまでお読みいただきありがとうございました!

 3章からはいよいよララ側と戦っていくので、心の準備をよろしくです( ´ ▽ ` )

 私も頑張って書きます!(*`・ω・)ゞ

 

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