私も、変身人間。

山本田口

第1話 突然の変身。

 私の名前は、五十嵐美樹。高校二年生の女の子です。

ちょっと恥ずかしいけど、私には、同じクラスの彼氏がいます。

名前は、中村慎一くん。彼には、普通の人にはない、特殊能力があります。

なんと、動物に変身できる、変身人間なのです。

体の中に、10匹の動物の遺伝子と細胞があるので、その時々に応じて、動物を

呼び出すことが出来るのです。

 例えば、胸にライオン。右手はゴリラ。左手は熊。背中に鷲の羽。

イルカの背びれ。目はトンボ。耳はウサギ。鼻は犬。足はチーター。

首はキリン。すごい特殊能力の持ち主なのです。亡くなったお父さんの実験台として、子供のときから生体実験を繰り返し、成功して、こんな体になりました。

 もちろん、このことは、秘密です。学校の先生やクラスの友だちにもないしょです。

知っているのは、私だけです。いえ、もう一人、この秘密を知っている人がいます。それは、ウワンちゃんです。彼と同じように、生体手術で脳改造をされて、超能力が使えるようになりました。

でも、見た目は、どこにでもいる、可愛い男の赤ちゃんなのです。

 超能力赤ちゃんのウワンちゃんは、彼と同居しています。

テレパシーや瞬間移動、テレキネシスなど、何でも使える、スーパー赤ちゃんなのです。

私の自慢の彼氏とウワンちゃんは、私が危ないときは、いつも助けてくれます。

そんな彼に、私は憧れていました。私は、何もできない普通の人間です。

付き合うようになって、私も変身して、彼の役に立ちたいと思うように

なりました。無理だけど……

 そんな私にできることは、彼のために料理を作ることでした。

体の中に10匹の動物がいるので、たくさん食べないといけません。

人の10倍以上を食べないといけない、すごい食欲なのです。

そのために、私は、毎日のように、彼のウチに通って、料理をたくさん作ってあげるようになりました。

 そんな彼を見るにつけ、私も変身してみたくなりました。

私も、鳥のように空を飛んだり、強くなりたいと思うようになりました。

いつまでも、彼に助けてもらってばかりではなく、自分も強くなりたい。

彼のために少しでも役に立ちたいのです。変身人間になっても、彼は彼として

一人の人間として好きなのです。

私は、彼と付き合うようになってから、次第にその気持ちが大きくなっていきました。


 そんなある日のこと。その日は、塾があるので、彼のウチには行けませんでした。塾が終わって、帰りが遅くなったので、近道して帰ろうと、商店街を歩いていました。

 時間も遅いので、お店のシャッターは、ほとんど閉まっていました。

私のウチは、駅前にできた60階建てのタワーマンションです。しかも、最上階。

ここを設計したパパの特権で、住むことができるのです。

 商店街を歩いていると、どこのお店も閉まっていて、薄暗い感じでした。

人もまばらなので、早く帰ろうと思っていると、細い路地から明るい光が見えました。

私は、光りに吸い寄せられるように、角を曲がると、そこには、小さなお店が

ありました。

「こんなところに、お店なんてあったかしら?」

 私には、見覚えがありませんでした。新しいお店なのかと見てみると、そこに看板がありました。

「MAO堂? 何のお店かしら」

 聞いた事がないお店でした。小さなドアから中を覗いてみると、雑貨屋さんのようでした。すると、中から、可愛い店員さんが出てきました。

「いらっしゃいませ。中へどうぞ」

 まるで、アニメに出てくる魔法使いのような可愛い格好をした女の子でした。

赤いブーツにピンクのスカート、おしゃれなピンクと白のストライプのシャツに、頭には赤い三角の帽子を被っています。

お伽話から出てきたような、見るからにおしゃれで可愛い彼女を見て、

私は、自然と店内に入っていました。

「ここは、魔法使いのグッズとか、幸運を呼び寄せるお守りとか、いろいろあるんですよ。ゆっくり見て行って下さい」

 そう言われた私は、店内をグルッと見て見ました。

置いてある物は、どれも可愛い女の子好みの小物ばかりでした。

 縁結びのブローチ、幸せを呼ぶブレスレット、運がよくなるお守りなどなど、どれも欲しくなります。

「いかがですか。なにか、気になるものはありますか?」

 ありすぎて、全部欲しいくらいでした。とはいっても、塾帰りで、お金も余り持ってないので欲しくても買えるものは、限られます。

「これなんか、どうですか?」

 そう言って、見せてくれたのは、観音開きの戸棚でした。扉を左右に開くと、中にぎっしりと何かが入っていました。

サイズ的には、ウチにある、仏壇よりも少し大きい感じの棚です。

「あの、これ、なんですか?」

 私が聞くと、彼女は、ニッコリしながら言いました。

「変身人形セット、全部で50体です」

 私は、それを聞いて、全身に衝撃が走りました。

「あ、あの…… 今、なんて……」

「変身人形のセットです。全部で、50人あります」

 変身人形って聞こえた。私にとって、変身という漢字二文字は、敏感すぎる

言葉でした。

「あの、その、これは、どういう物なんですか?」

 私は、興奮を抑えきれず、店員さんに聞きました。

すると、店員さんは、一つの人形を手にしました。人形と言っても、ホントに掌に収まるくらいの小さな人形です。その中から、少年の人形を手にしました。

「これは、変身人形といって、鼻をチョンと触ると、その人形と入れ替われるんです」

 そう言うと、店員さんは、少年の人形の鼻を指で触りました。

すると、目の前で、ビックリするようなことが起きました。

 見る見るうちに少年の人形が大きくなって、ついには、私と同じくらいになったのです。

代わりに、店員さんが小さく縮んで、人形と化して、足元に転がりました。

「どう、ビックリしたでしょ」

 少年に変身した店員さんは、そう言って、足元に転がる、自分の人形を拾いました。

「あ、あの、これは、その……」

 私は、余りのことに言葉も出ません。目をパチパチさせるだけで、体も凍りつきました、。

「中身は、あたしだから、変わらないんだけどね。見た目は、少年になったでしょ。ちなみに、鳥の人形になれば

空を飛べるし、プロレスラーの人形になれば、力持ちになれるってこと。男も

女も、子供から老人まで、あらゆる動物の人形があるのよ。どうかしら、今ならお奨めですよ」

 そう言って、拾い上げた自分の人形の鼻を触って、再び、本当の店員さんに戻りました。

目の前に起きた夢のようなことが、信じられませんでした。

でも、現実に、店員さんは、変身したのです。私は、その目撃者です。

「欲しいです。それ、いくらですか?」

「今なら、お安くしておきますよ。50体の人形で、5000円です」

 しかし、お金がない。私は、頭の中で、計算しました。

ガックリと、肩を落として、暗い顔になると、店員さんは、こう言いました。

「失礼ですが、ご予算は、いかほどお持ちですか?」

 私は、財布の中身を慌てて見てみました。でも、全然足りません。

「3000円です。あの、足りない分は、明日、必ず持ってきます。だから、その人形をください」

 私は、頭を深く下げてお願いしました。

「いいですよ。それじゃ、あなたに免じて、3000円でいいです」

「えっ! いいんですか? 」

「ハイ。あなたのようなお客様をお待ちしてたんです。あなたのような方なら、この人形は、安心してお譲りできます」

 なんか、へんな言い方だけど、私は、飛び上がりそうなほど、うれしくなりました。

「あの、ホントにホントにいいんですか?」

「ハイ。喜んで」

「ありがとうございます」

 私は、何度もお辞儀をして、お礼を言いました。

財布の中から、お金を出して支払いを済ませると、店員さんは、50体の人形を箱の中に入れてくれました。

「ハイ、どうぞ。お買い上げ、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、安くしてくれて、ありがとうございます」

 私は、人形の詰まった箱を大事そうに胸に抱えます。

「それと、もう一つ。その人形を使うときの注意点ですが、鼻を触ると、その人形に代われます。でも、中身は、あなた自身です。元に戻るときは、同じように鼻を触って下さい。時間制限はありませんが、あなた自身の人形を無くすと、

二度と、本物の自分には戻れないので、絶対に無くさないでくださいね。それに、その人形を使えるのは、あなただけです。あなた以外の人には、使えないので、安心して下さい。決して、悪いことには、使わないようにね」

「ハイ、わかりました。ホントに、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました。またの来店をお待ちしてます」

 私は、店員さんに見送られて、そのお店を後にしました。

私は、うれしくてたまりませんでした。私も彼のように変身できる。

そう思うと、うれしくて仕方がありませんでした。

スキップしたくなりそうなくらい、体中からうれしさがにじみ出ていました。


「お帰り、お姉ちゃん」

 ウチに帰って、玄関を開けると、弟が声をかけてきます。

「お姉ちゃん、ご飯、まだでしょ。食べる?」

 今度は、ママが声をかけてきました。でも、今は、それどころではありません。

「後で食べる」

 私は、そう言って、弟を無視して、部屋に駆け込みました。

部屋に入ると、ドアにしっかり鍵をかけてから、ベッドに箱を開けて、

人形を一体ずつ並べました。

 赤ちゃん、幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生、大人、中年、老人、もちろん、男女いろいろです。

他に、レスラー、相撲取り、野球選手、陸上、サッカーなどのスポーツ選手

たち。

アイドル、俳優、アナウンサー、スチュワーデス、警官、医者などのいろんな

職業の人形。

鳥、犬、猫、ネズミ、カエル、ヘビ、ライオン、熊、ゴリラ、虎、鷹、インコ、くじら、マグロ、カブトムシなど、あらゆる生き物たちの人形が、ホントに全部で50体ありました。

「これ、ホントに全部変身できるのかしら?」

 これだけの人形を見ていると、今度は、実際に、変身してみたくなりました。

「どれにしようかな」

 私は、楽しくて仕方がありませんでした。まずは、少し年上の、女子大生に

変身してみました。人形でも、美人に見えたその鼻を軽く指で触りました。

すると、私の中の意識が空気のように体から抜けて、手にした人形に入っていきました。

そして、見る見るうちに、私が小さくなると同時に、女子大生の人形が大きくなりました。

それは、一分もかからない、数十秒のことで、あっという間の出来事でした。

 私は、鏡で自分の姿を確かめます。そこに映った私は、まぎれもなく、女子大生でした。

「これが、私……」 

 成長した自分の姿を見て、驚きの余り、声も出ませんでした。

体中を触ってみると、胸も大きく、お尻もボンと張り出して、身長も高いし、肌のハリもあって自分で見ても、美人だとわかるほどでした。

「すごい、ホントに変身した」

 私は、呟いて、足元に転がる自分の人形を手にしました。

「これも、私なのよね」

 小さな人形と化した自分を見て、信じられない気持ちになりました。

「よし、もっと、やってみよう」

 今度は、犬の人形を手にして、鼻をチョンと触りました。

一瞬のうちに、私は、犬になりました。鏡を見ると、耳がたれた白くてブチ模様のある可愛いワンちゃんになってました。

「犬なのに、人の言葉が話せるのね。中身は、私だから、当たり前か」

 変なことに感心しながら、今度は、イケメン俳優に変身してみました。

「カッコいい。私、男前じゃん。でも、この姿で、この話し方は、オカマよね」

 見た目が男なのに、声が女じゃ、バランスが悪すぎる。

その後も、次々と、いろんな人形に変身してみました。

「ちょっと、お姉ちゃん。ご飯、食べるの、食べないの?」

 ドアの外からママの声が聞こえました。

「ちょっと待って、今いく」

 私は、覆面レスラーの姿で言いました。

「この格好で、部屋を出たら、ママは、腰を抜かすわね」

 私は、鏡の前でポーズを取りながら言いました。

そして、散らかった人形たちの中から、自分の人形を探し出して、鼻を触りました。

「やっと、自分に戻ったわ」

 私は、ホッと息をつくと、本棚に人形を丁寧に並べました。

早速、明日、彼とウワンちゃんにこのことを教えようと思いました。

 部屋を出て、ダイニングに座ると、ママが夕飯を並べてくれました。

「どうしたの、お姉ちゃん。さっきから、ずっと、ニヤニヤしてるけど、なんかいいことあったの?」

 ママに言われて、気がつきました。どうやら、私は、かなりうれしい気分の

ようで、それが顔に出ていました。

「別に、なんでもないわ」

 娘が、変身人間になったなんて聞いたら、絶対、ビックリするから、このことは、家族にも秘密です。

特に弟なんて、このことを知ったら、自分にも人形を使わせろとか言い出すに決まってます。

もっとも、この人形は、私しか使えないから、安心だけど……

パパが聞いたら、使用禁止とか言いそうだから、絶対に言えない。

 早く明日が来ないかな…… 学校に行ったら、慎一くんに自慢してやろうと考えていました。

「私も変身できるんだよ』 なんて言ったら、きっと、ビックリするだろう。

信じてくれないかもしれない。だったら、目の前で変身して見せればいいのよ。

ウワンちゃんは、なんて言うかしら? さすがの超能力者でも、驚くだろう。

今から、明日が楽しみになってきました。


 翌日、少し早めに家を出た私は、校門の前で彼を待ち伏せることにしました。

少し待っていると、歩いてくるのが見えました。

「おはよう、慎一くん」

「おはよう、美樹ちゃん」

 笑顔で挨拶を交わします。そして、いっしょに並んで、校舎に向かいます。

「あのさ、慎一くん。今日って、用事ある?」

「別にないけど」

「それじゃ、夕飯を作りに行っていい?」

「いいけど。それって、いつものことじゃない」

 私は、頻繁に慎一くんの家に行って、夕食作りの手伝いをしています。

何しろ、彼は、毎回、10人前くらい食べるので、作るのも食べるのも大変なのです。

私ができることは、食事作りを手伝うくらいでした。今では、それが楽しみでもあります。

「また、スーパーに行くんでしょ?」

「そうだよ」

「それじゃ、その前に、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだ」

「どこ?」

「雑貨屋さんなの。スーパーに行く途中にあるの」

「いいよ」

「ありがと。それじゃ、放課後になったら、迎えに行くからね」

 私は、そう言って、靴を履きかえると、小走りに教室に行きました。

慎一くんは、不思議そうな顔をして、私を見送っていました。

 授業が始まっても、私の頭は、放課後のことで一杯で、何も頭に入ってきません。

今から、ドキドキが止まりませんでした。なんて話そうか? どう説明しようか、そればかり考えていました。

 お昼休みになって、給食の時間です。慎一くんは、給食をいつものように食べ終えると、机の上に大きなお弁当箱を三個も広げて、夢中で食べてます。

今では、私のクラスの名物になっていました。

何しろ、大きなお弁当をスリムな彼が、三個も食べるので、クラスのみんなも

おもしろそうに見ています。

 そこで、私は、思い出して、慌ててカバンの中からタッパーを取り出しました。

「ハイ、慎一くん。デザートよ」

「ありがとう」

 彼は、笑顔でそれを受け取りました。中身は、あたし特製のフルーツポンチです。

お弁当を食べ終えると、彼は、クラスの男子と校庭で、サッカーを始めました。

引っ込み思案で、地味だった彼が、今では、クラスの人気者になって、男子の友だちも出来たようでいっしょに楽しそうにボールを蹴っている姿を見るのは、

私もうれしかったのです。

 そして、いよいよ放課後になりました。私は、帰る準備をして、かばんを持って、彼を迎えに行きます。

と言っても、掃除当番だった彼が、戻ってくるのを待つだけなんだけど……

 しばらくすると、教室に戻ってきました。いつもより、ドキドキするのは、

どうしてなのか?

「慎一くん、帰ろう」

「う、うん」

 いつになく積極的な私に、圧倒されている感じでした。女子には、余り接したことがない彼は、私に対しても少し遠慮気味なところがありました。

 夕食の買い物は、いつものスーパーです。私も何度も行ってるので、場所も

わかります。

「今夜は、何にするの?」

「どうしようかな…… 昨日は、カレーだったから、今日は、違うのがいいな」

 彼がそう言うので、私は、頭の中で、いろんなオカズを思い浮かべます。

「やっぱり、焼肉とかのが、たくさんお肉も食べられるし、野菜も食べられると思うけど」

「でも、肉って、高いから、ウワンに怒られるしなぁ……」

「ダメよ。お肉を食べないと、スタミナがつかないわ。レオくんとか、ベアちゃんとか、クレームが来るわよ」

 結局、今夜は、焼肉になりました。ちなみに、レオくんというのは、彼の胸の中にいるライオンの名前でベアちゃんは、彼の右手に飼ってる熊の名前です。

いつまでも、動物の種類で呼ぶのは、親近感もないし彼を助けてくれた動物たちに感謝の意味もこめて、名前を考えてくれと頼まれていました。

そして、私が考えたのが、ライオンのレオくんと、熊のベアちゃんです。

 そうそう、忘れるところでした。買い物に行く前に、行くところがあるのです。

そのために、彼に付き合ってもらうのだから……

「ちょっと、寄り道してくれる?」

「いいけど、どこに行くの?」

「こっちよ。ついてきて」

 私は、彼の手を引いて、商店街を歩きました。そして、少し歩いた角を右に曲がります。そこに、あのお店がある…… はずでした。

「ない!」

「どうしたの?」

「お店がないのよ」

 昨日は、確かにここに小さな雑貨屋さんがあった。きっと、この場所だ。

でも、今は、何もない。

あるのは、お店どころか、建物もない、空き地でした。

「どういうこと?」

「だから、ここに、お店があったのよ」

「そんなバカな。だって、ここは、空き地で何にもないんだよ」

 確かにその通りでした。むき出しの土と雑草が生えているだけの空き地です。

もしかしたら、曲がる角を間違えたのかと思って、もう一度、商店街に戻りました。

「えーと、あっちの角かな?」

 私は、小走りに走って、もう一つ先の角を曲がりました。

でも、そこには、違うお店があるだけでした。

「おかしいな……」

 彼を商店街の真ん中にポツンと待たせたまま、私は、右や左の角を曲がって、昨日の雑貨屋さんを探します。

でも、いくら探しても、そんなお店は見つかりませんでした。

「そんなバカな……」

 私は、茫然自失の状態でした。

「美樹ちゃん」

「ホントなの、ホントにここにお店があったのよ。信じて、慎一くん」

「わかったよ。美樹ちゃんのことは、信じる」

 それでも、彼は、ホントに信じているようには見えませんでした。

結局、そのままいっしょに買い物に行って、彼のウチに帰りました。

「ただいま、ウワン」

 慎一くんは、いつものように玄関に入ると、ウワンちゃんを呼びます。

でも、この日は、慎一くんよりも先に、私の方が上がりこんで、ウワンちゃんに話しかけました。

「ウワンちゃん、聞いて」

 私は、ゆりかごの中からウワンちゃんを抱き上げると、昨日のことを話しました。そして、カバンの中から箱を出して見せます。蓋を開けるとき、もし、この中に人形が入っていなかったらどう説明するか、すごく迷いながら開けました。

でも、蓋を開けると、そこには、人形が入っていて、すごくホッとしました。

「よかった。人形は、消えてなかった。ねぇ、私の言ったこと、信じてくれる?」

 私は、必死で訴えました。でも、慎一くんもウワンちゃんも、まだ半信半疑です。

こうなったら、実際に、見せてあげるしかないと思って、人形の中から、

一番私と違うのを選んで目の前で変身して見せることにしました。

「いい、見ててね」

 私は、筋肉隆々のマッチョマンの人形を二人の前に突き出します。

そして、その人形の鼻をチョンと指で触りました。

すると、人形がムクムクと大きくなって、代わりに私が小さくなっていきました。それは、あっという間の出来事です。

数秒後には、彼よりも背の高い、筋肉マンの男性になって人形と化した私は、

足元に転がります。

「ねっ、これで、信じてくれた?」

 声は、私のままです。二人は、目をパチパチさせるだけで、余りの事に唖然としているだけでした。

今度は、ネコの人形を手にして、同じように鼻を触って変身します。

目の前で、今度は、ネコになりました。

「今度は、ネコよ」

 縞模様のネコになった私は、人の言葉で、そう言いました。

次は、おばあさんに変身して見せました。

「わかった。もういい。わかったから、元に戻ってくれ」

 ウワンちゃんが言うので、私は、足元に転がる自分の人形の鼻を触って、本当の自分に戻りました。

「驚いた。こんなことって、あるのか」

 慎一くんは、目を丸くしながらに感心して言いました。

「ウワン、これって、どういうことなんだ」

 慎一くんは、一体の人形をウワンに渡しました。ウワンちゃんは、小さな手で人形を手にするとそれをじっと見つめています。

そして、少しすると、こう言ったのです。

「信じられないが、これは、ホントの人形だ。タネも仕掛けもない、本物の人形なのだ」

 試しに、ウワンちゃんが、その人形の鼻を触りました。でも、変身しません。

「どうやら、これは、美樹にしか使いこなせないようだ」

 さすがの超能力赤ちゃんのウワンちゃんにも、解明できないみたいでした。

「ねぇ、すごいでしょ。これで、あたしも変身できるのよ」

 私は、胸を張って言いました。

「変身人間は、慎一くんだけじゃないの。あたしも変身人間なのよ」

 私は、得意満面の笑みで言いました。

「でも、それって、やっぱり、危ないんじゃないかな。何かあるんじゃないの?」

「何かって?」

 慎一くんは、心配そうな顔で言いました。

「それは、わからないけど、こんなことって、考えられないし」

「それなら、慎一くんも同じじゃない。体の中に、動物を飼ってて、自分の意思で変身できるのよ」

「確かにそうだけど…… ウワンは、どう思う?」

「ぼくにはわからない。でも、今のところ危険はないと思う」

「ぼくが言ってるのは、人形もそうだけど、そのお店のことだよ。昨日はあったのに、今日は、影も形もない」

「確かにそれは、人間のできることではない。魔法使いとか宇宙人の仕業と言うしかないが、それは、現実的ではない」

 二人は、難しい顔をして、話を始めました。

でも、私は、変身できることで、慎一くんと同じ立場になったことのほうがうれしかったのです。

「さぁさぁ、難しい話は後にして、食事にしましょう。今日は、焼肉だったわね。慎一くんも用意して」

 私は、話を変えて、エプロンをつけると、野菜を切り始めました。

慎一くんも食事の用意を始めます。その間もゆりかごの中で、ウワンちゃんは、腕組みをして何か考えているようでした。

 ホットプレートにお肉を並べて、いつものように慎一くんは、おいしそうに食べています。

一段落してから、私もいっしょに食べ始めました。お肉だけでなく、野菜も食べてから、大量のやきそばを焼いているときでした。ウワンちゃんが言いました。

「慎一、どうだろう、美樹にも協力してもらうのもいいんじゃないか?」

「ダメだよ。危ないから、美樹ちゃんを巻き込むわけにはいかないよ」

「しかし、美樹の変身能力は、役に立つかもしれない」

「そうかもしれないけど、美樹ちゃんは、普通の人間だから危ないよ」

「なになに、何の話?」

 訳がわからない私は、聞いてみました。

「実は、慎一のことなんだが……」

 ウワンちゃんがポツポツと話し始めました。その間、慎一くんは、黙って食事を続けていました。

以前のことです。彼は、お父さんの関係者に拉致されて、ある植物の種を移植されました。

そのタネが開花したとき、慎一くんはその花に支配され、自分の意思とは関係なく、変身人間になってしまいました。

体中の動物が、一度に姿を現したまま、私のところにやってきたのです。

その時、体の中の動物たちとウワンちゃんの力と、彼の意志の強さによって、元に戻ったことがありました。

 でも、その研究所は、今もそのまま山の奥に残っているそうです。

幸いなことに、いまだに人には発見されていないので、その前に破壊しておこうと考えていました。

もし、誰かに見つかって、また、悪用されたり、世間を賑わせたら、大変なことになります。だから、そうなる前に、壊しておこうというのです。

「あたしも行く。ねぇ、お願い、あたしも連れてって」

「だから言ったじゃないか。美樹ちゃんは、絶対、行くって言うから、言うなっていったのに」

「慎一くん、あたしも連れてってよ。ほら、変身人形あるし、少しくらいは、お手伝いできるから」

「でも、危ないから」

「大丈夫よ。たくさん人形もあるし、自分の体くらいは、自分で守れるから」

「でも……」

 慎一くんは、まだ、反対していました。

「いいんじゃないか。きっと、美樹の変身人形も、役に立つかもしれない」

「ウワン……」

「ありがと、ウワンちゃん」

 私は、ゆりかごからウワンちゃんを抱き上げて、ほっぺたにキスをしました。

「その代わり、危ないことはするなよ」

「わかってるわ」

「それと、ぼくや慎一の言うことを聞くこと」

「それもわかってる」

 私は、うれしくなりました。それと同時に、身が引き締まる思いでした。

「それで、いつ行くの?」

「今度の日曜日だ」

「わかった」

「美樹は、その日までに、役に立ちそうな人形を10体くらい厳選して持ってくること」

「わかりました」

「ホントに、大丈夫かなぁ……」

 慎一くんは、まだ、心配していました。でも、私は、やる気満々だったのです。

 

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