1月06日:☁: 朝起きたら、ミクが動かなくなっていた。

 1月6日。曇り。

  朝起きたら、ミクが動かなくなっていた。


 僕は、ミクを抱えてお祖母ちゃんの部屋に行った。

「お祖母ちゃん、ミクが動かなくなっちゃった……」

「ぉや。貸してごらん」

お祖母ちゃんは、僕から受け取ったミクを優しく机の上に横たえた。

「直りそう……?」

 僕は、不安げに聞いた。

「大丈夫だよ。壊れても直せるのが、ロボットの良いところだからね」

 そう言って、お祖母ちゃんは引き出しの中から、いつもは使っていない片眼鏡かためがね型のウェアラブル端末を取り出した。

「……どのくらいかかりそう?」

「そうだねぇ。故障の程度は、分解してみないと分からないからねぇ」

「ぶんかい……」

 僕は、少しだけ背筋がゾワッとするのを感じた。


 昨日まで家族同然に可愛がって、遊ぶときも寝るときも、いつも一緒にいた相棒の身体を、バラバラにして、その中身を見るということに、得体の知れない拒絶反応があったのだ。


「少し、怖いかい?」

 お祖母ちゃんは、僕を見て微笑した。

「ぅん……」

 僕は正直に頷いた。

「そりゃぁそうだよねぇ……。でもね、思いっきり『解剖』できるのも、ロボットの良いところだと、お祖母ちゃんは思うんだよ」

お祖母ちゃんはゆっくり立ち上がると、棚の中段から工具箱を取り出した。

「この世にある全てのモノは、いつか必ず壊れるし、ほとんどの生き物には、寿命がある。どうして壊れたのか。何で死んだのか。それを考えさせるところまで再現することも、生き物をロボットで真似る意味なんじゃないかって、思うんだよね」

 お祖母ちゃんは、工具箱の口金をガチャンッ、と外した。工具箱には、どうやって使うのか良く分からない、不思議な形をした道具がたくさん入っていた。

「ミクがどういう風にできていて、どうやって動いていて、どうやったら直るのか。ほんの少しだけ、見てみないかい……?」

 誘うと言うよりも、お願いするようなお祖母ちゃんの口ぶりに、僕はとまどった。

頼み事をしに来たのは、僕の方だったはずなのに。そう思うと、僕の心はチクリとした。

「……少しだけ。……見る」

 結局、僕はミクの解剖に立ち会うことにした。

 お祖母ちゃんがミクの皮を剥き取ると、その中身が──皮を下から支える樹脂製の板や、関節を動かす小型モーター、撚り合わせた銅線などが、露わになった。

 背徳感と好奇心が同時に刺激される不思議な感覚に、僕は飲み込まれていった。


 セルロースナノファイバーと軽金属のサンドイッチ構造から成る軽量な骨格。

 低電圧でも伸縮できる誘電エラストマーアクチュエーターを束ねた人工筋肉。

 スピントロニクス技術を応用して無線LANの微弱な電波から発電する装置。

 眼球型のカメラで平衡を測り、尻尾の角度や四肢の動きを制御する電子小脳。


 舌を噛みそうな単語や、どう機能しているのかチンプンカンプンな部品もたくさんあったけど、一つ一つ、お祖母ちゃんが丁寧に説明してくれた。

 今回の故障は、発電装置の感度不良が原因だった。

壊れたパーツを取り替える作業は、僕も手伝った。

 後は、もう一度組み立て直すだけ。というところで、僕はお祖母ちゃんに質問した。

「お店で売ってるロボット・ペットも、ミクと同じような作りなの?」

「さぁ……。そればっかりは、何とも言えないねぇ」

「ミクみたいに、分解して見られないの?」

「最近のロボット・ペットは、使われている技術や部員が高度になったから、作りがどんどん複雑になっているし、企業機密やブラックボックスも増えたから、分解するのも難しいだろうねぇ……」

お祖母ちゃんは、分解したミクのパーツを元の通りに組み立て直しながら、物寂しげな口ぶりで言った。

「……やり方さえ知っていれば、誰でも、簡単に確かめることができる。材料を用意して、手順さえ分かれば、誰でも再現することができる。それが、昔の作り物の良いところだったんだけどねぇ」

「今は違うの?」

「最近の作り物は、ほとんど魔法みたいだからね」

 お祖母ちゃんは、修理されたミクを抱き上げた。

しばらく待つと、ミクの口から「ピー!」という鳴き声が上がった。

「直ったみたいだね」

「やった!」

 僕は、お祖母ちゃんとミクに抱き付いた。

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