8月25日:☼:お祖母ちゃんが、僕に『恐竜』をプレゼントしてくれた。

 8月25日。晴れ。

 お祖母ちゃんが、僕に『恐竜』をプレゼントしてくれた。


「お祖母ちゃんっ、これくれるの!?」

「大事にするんだよ」

「やったー!」

 夏の終わりの昼下がり。

 僕は、羽毛恐竜ミクロラプトルを再現したロボット・ペットを抱き上げた。全長は約40cm。四肢は暖色系の風切り羽に覆われている。小さな頭部から華奢きゃしゃな胴体、細長い尻尾にかけて連なる、しなやかな曲線美が素晴らしい。

「お前の名前は……『ミク』!」

「キィー」

 ミクは、細くとがったくちばしを開いて鳴いた。

 僕は、ネットで猫じゃらしやボールを注文した後、とりあえずミクを肩に乗せて、家中を歩き回ったり、リビングのイスに上らせたりして遊び始めた。


 そして、夕方。

「ただいま~……」

 お母さんが疲れた顔で帰ってきた。お母さんはキッチンに直行すると、冷蔵庫からマイボトルを取り、キンキンに冷えた麦茶を一気飲み。その立ち姿は、風呂上がりのお父さんとソックリだ。

「だはーっ、生き返るゥ~」

「またジム?」

 僕はソファーに腰を沈め、ミクを胸に抱きながら答えた。

「そーよぉー」

 お母さんは上着のすそをまくり上げ、そのたるんだお腹を、冷蔵庫の冷気に当てて涼んでいる。衛生的にも、健康的にも、見ため的にも、よろしくない行為である。

「週に3回お友達と健康ジムに行くと、社交ポイントが2倍、健康ポイントが3倍になるのよー」

 お母さんは現在『サルース・ポイント制度』なるものにご執心である。サルース・ポイントとは『社会的・身体的に健康な活動をするともらえるポイント』のことだ。

大手の金融会社が運営しているということもあって、ポイントを前借りして、後から健康活動で返済したり、若い頃に稼いだポイントを積み立てて老後の資金や治療費に充てたりと、経済面での自由度が高い。

「でもさぁ、お母さんって全然痩せないよね。稼いだポイントでお取り寄せばっかりするからだよ」

 僕は、ミクのふわふわの羽毛をなでながら毒突いた。我が家の一郭を占拠している段ボール箱の中身は、お母さんが全国から取り寄せた高級グルメの数々である。

「うるさいわね。これでも私、『プラチナ会員』なのよ?」

 お母さんはそう自慢げにうそぶくと、シャワーを浴びにリビングを出た。

「ふーん。……」


「──どうしたんだい? そんなに難しい顔をして」

 入れ違いで、お祖母ちゃんが入ってきた。

「キィー」

ミクは『親』が来たと認識したのか、お祖母ちゃんの足下に駆け寄って飛び跳ねた。

「お祖母ちゃん、サルース・ポイントって知ってる?」

「知っているよ。私の腰の治療費も、お世話になっているからね」

「お祖母ちゃんって、プラチナ会員?」

「いぃや。二つ下のブロンズ会員だよ」

「お母さんは見るからに不健康なのに、何でプラチナ会員なの?」

「そりゃぁ、私よりもポイントを上手く稼いでいるからだろうね」

 お祖母ちゃんは、ミクのアゴの下をくすぐりながらソファーに座る。

「どうやったら上手く稼げるの?」

「……あそこのランク付けは、会社がオススメする健康グッズをたくさん買ったり、専用の万歩計を使ったり、あとは、同じ会社が経営しているジムにたくさん通えば、簡単に上がるんだよ。だから、買った健康グッズをすぐに転売したり、万歩計の数を稼ぎながら歩き食いをしたりしてもランクは下がらないし、ダイエットもポイントが倍になる期間に集中して頑張れば、プラチナ会員になることは、そんなに難しくないんだよ」

「でもさ、それって健康なの……?」

 不満げに言う僕を見て、お祖母ちゃんは笑った。

「上手くやることと、まともにやることが、全く同じとは限らないからねぇ……」

お祖母ちゃんは、しみじみとした口調で語りながら、ミクを僕の膝上に返した。

「まぁね。二つが同じなら、それでも良いんだよ」

 そう言うお祖母ちゃんの目は、どこか遠いところを見ていた。


 お風呂場の方からは、ザーザーとシャワーの音が響いていた。


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