第21話 親しき仲にもなんとか
あれから、聖霊に謝罪してもらったエルマ嬢と別れて俺は帰路に着いた。
親父は初日はどうだった、なんてにやけながら聞いて来たが、早く汗を流したくて風呂入ると言うとべそかくフリをして「エデルが反抗期!」なんて言っていた。こんな賑やかな親父といつか対立する事もあるのかな……なんて思った夜が明けて。
「エデル、エルマ嬢。今日もよろしく頼む」
「エデル様、レオンハルト様、よろしくお願いします」
合同の交流練習が本格的に始まる。
「ふたりとも、よろしくな! 早速だけどエルマ嬢とレオンで打ち合ってみてほしい。レオンはいつも通りでもいいし、昨日俺が教えたのを思い出して動いてみてもいい。エルマ嬢も遠慮せず、打ち込んでみてくれ」
「エデルはやらないのか?」
「まだ俺もエルマ嬢がどんな動きをするか分からねぇから見たい。動き方が違うなら教え方も違うから」
これは前世の俺の持論。左足軸で動くなら右足軸での動き方は左足軸で出来てからやった方が感覚が掴みやすい、と思うってだけなんだけど。
「分かった、俺もエルマ嬢の戦い方を見てみたい。頼めるか?」
「わ、私がお相手務まるでしょうか」
「むしろ全力を見せて欲しいから何も考えずに来てくれ」
そこまでおっしゃるなら、と言ったエルマ嬢は深く呼吸をして静かに木剣を構えた。燃えるような色をひとつに結った髪が揺らめくその姿は、まさしく炎のように見える。
触発されるようにレオンも剣を構えたのを見て、俺は合図を出して始めさせた。
「──参ります!」
「ああ、来てくれ!」
まず右足を踏み込んで、エルマ嬢がレオンへ突っ込んでいく。突きの構えが来ると見たレオンが剣を寝かせたが、エルマ嬢の剣が上へ振り上がるのを見て剣をかち合わせた。
そんなふたりの木剣同士の打ち合いを見て、うずうずしてしまいそうになる。俺だって教えるより打ち合いたい気持ちの方が強いし、でも遠目から見ないと咄嗟の動きって違うから仕方ないんだけど。
教えるならやっぱり
(あとは跳び箱的なのが欲しいな)
家には丁度いいサイズ感で干し草の塊が積まれたところがあるからその塊を代用してたんだけど、ここにはそんな物は無い。土魔法で小さい岩を作るか? いや、後片付け面倒だし耐久性に不安が残る。やめとこう。
「──うわっやば、あっ!」
ごん、という鈍い音と共に木剣が落ちて、エルマ嬢の顔の近くにレオンの剣先が止まる。
「勝負ありだな。エルマ嬢、お疲れさん」
「基礎を踏まえたいい剣術だったと思う、でも対人での動きじゃないな」
「その……私は貴族だから、って遠慮されちゃうんですよね」
あはは、と力無く笑うエルマ嬢。平民や辺境の少女が多い中で、王都から少し離れた領地の男爵家。貴族社会では普通か下に見られてしまうが、貴族は貴族と見られるらしい。
貴族に傷を付けたら、と子供ながら敬遠してしまうのは意外だった。まぁ前世でも親しき仲にもなんとかって言うし、そういう事もあるのかもな。
「それを気にしていたら訓練にもならないだろうにな」
「だから、じゃねぇの? 女性騎士って俺達より周りを見なきゃいけないところが多いらしいぞ、責任感とか頭の回転とか……」
「確かに護衛が主だからな。気持ちは分かるけど、割り切って考えないとだろ」
「線引きが難しいとこだな、エルマ嬢も貴族だから」
レオンとそんな意見を交わしていると、エルマ嬢が声を上げた。
「だ、大丈夫ですよ、気にしてませんし……! レオンハルト様のお言葉だけでも嬉しいですからっ」
「……だってよ?」
「君が気にならないならこれ以上言う事は無いが、この練習の期間は遠慮なく俺を呼んでくれると嬉しい」
あ。エルマ嬢の顔が赤くなった。いや、前世で言うところのファンサに近いのか? じゃあそりゃ赤くもなるのかもな、と思い直す。多分あれは喜んでるんだろう。
前世で、ファンを喜ばせるために歯の浮く言葉を使う俳優仲間はいた。さっきのレオンのそれとはちょっと違うが、カッコつけてるのでまぁ大差ないと思う。本人は女性への対応として当たり前だ、とか言うだろうけど。
「エデル様、その顔なんです」
「やっべ。なんか顔に出てたか?」
「出てました、めっちゃ出てました! からかってるみたいな雰囲気のやつが!」
「悪かった悪かった、顔赤くなったなとか思っててすみませんでした」
「次はエデル様が相手になってください! なりふり構わず殴ってやるので!」
ちょっと怒ったエルマ嬢と笑いながらそんな言い合いをしていると、レオンの顔が少し険しい事に気付いた。
「レオン? 何かあったか?」
「……いや。何もないさ」
「ならいいけど。とにかく、鍛えるとしたらまず大雑把に言うとバランス感覚。もちろん筋力も必要になるけど、ただ走ったり投げたりだけじゃ使わない筋肉が必要になるからそこを使う感覚も養わないとな」
さてどう教えたらいいもんか。そんな事を考えつつ結局筋力トレーニングに落ち着いて、初日である今日は終わりを迎えた。
周りの女性騎士と騎士の見習いも俺達のようにグループを組んでいたらしく、方々で楽しげに別れている。俺達もまた明日! とエルマ嬢と別れた。
「──エデル、エルマ嬢と親しいんだな」
「ん? まぁリリィよりは会ってると思うけど、親しい相手は多ければ多いほどいいだろ」
レオンは俺の答えを聞くとそうか、と応えて先に帰ってしまった。
「……親しい、とは」
だから、そんな呟きに気付けなかった。
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