第16話 弓弦葉って、俺のこと…?

 夕暮れ時、貴志湊きし/みなとは疲れ切っていた。ようやく、走り込みというランニング部の練習を終えたのである。

 練習後、用事があると言って、石黒楓音いしぐろ/かのんは先早に着替え、ランニング場を後にしていたのだ。


 それにしても、練習メニューは宮原世那みやはら/かのん先輩と一緒に作ったものであり、相当ハードなものだった。


 湊は呼吸を整えながら、ランニング場を歩いている。

 明日も練習表を作ってこないといけないのか……。

 もう少し楽な感じの内容にした方がいいかもな。


「湊、今日はよかったじゃん。この前よりも、練習についてこれてたしさ」


 背後から世那先輩が話しかけてくる。

 先輩の爆乳が思いっきり、湊の後ろ左肩に当たっていた。


「明日も、このくらいの練習内容でよろしくね。楽をしようとしていても駄目だからね」

「はい……」


 心を読まれているような感じであり、湊はドキッとし、仕方なく頷くことにした。


「あとは、片付けをして、帰宅するだけだな。湊はもう帰ってもいいよ。今日は頑張ってたしさ。明日も学校だろ。後片付けは、紬と一緒にやっておくからさ」

「いいんですか?」

「いいって。そもそも、紬って、練習時間中に遊んでいたでしょ?」

「まあ、そうですね」


 湊は苦笑いを浮かべていた。


「私も帰りたい……」

「ダメだ。じゃ、やるよ、紬」

「はい、わかりました……」


 高井紬たかい/つむぎは疲れ切った顔を見せ、世那先輩と共に、トラックの方へと向かっていくのだ。




 紬は、湊の着替え中に、建物の中に入ってきて、水玉模様のパンツを押し付けてきたのだ。

 あの後、世那先輩に見つかってしまい、紬だけ、練習内容が濃くなったのである。

 水玉模様のパンツはというと、一応貰うことになったわけだが。

 どうすればいいんだろ……。


 湊は制服に着替え、ランニング場を後にしていた。

 そのパンツは、今背負っている通学用のリュックの中に入っているのだ。

 捨てるわけにもいかず、保管するのも疚しい気持ちに苛まれる。

 後で考えておこうと思う。




「というか、弓弦葉って、何があったんだろ」


 この前も、家庭の都合とか、そんなことを言っていたような気がする。

 ランニング場を後に、岐路についている湊は、深く考え込んでいた。


 弓弦葉のことだから、本人に聞いてみないとわからないことだ。

 けど、家庭の事情なんて、そうそう聞けない。

 昔からの馴染みの関係だったとして、馴れ馴れしく聞けないことだってある。


 弓弦葉が自分の口から話すまで待っていた方がいいだろうか。


 電灯の明かりで照らされた道を歩き、途中でコンビニの看板が先のところに見える。何かを買っていこうと思った。

 湊がコンビニに近づこうとした時、制服のポケットに入っていたスマホが鳴る。


「ん? メールかな?」


 湊はコンビニの前で立ち止まり、ポケットからスマホを手にする。

 誰かと思い、確認してみると、その送信者は藤咲弓弦葉ふじさき/ゆづるはだった。


「なんだろ……弓弦葉からメールなんて、珍しいな」


 湊は何となく気になって、メールフォルダを開く。


「……」


 あれ?


 メール内容によれば、今、弓弦葉は、湊の自宅前にいるらしい。

 なんで、と思い、疑問に思う。


 今日、部活を休んでいたのは、何かの用事ではなかったのか?

 それとも、今頃、用事が片付いたのだろうか?


 迷うことはあったが、湊はそのメール内容が気になり、コンビニに立ち寄ることはせず、急いで自宅へと向かうことにした。






 なんか、嫌な気がする。

 そんな雰囲気が、メール文から伝わってきたのだ。


 湊は住宅街まで走って向かい、途中からは呼吸を整えながら歩いていた。


 自宅まであと数秒程度である。

 数府歩いたところで、自宅前に誰かが佇んでいるのが、遠目でも何となくわかったのだ。

 爆乳さが際立っており、弓弦葉であると、一目瞭然であった。


 やっぱり、弓弦葉がいたか……。

 本当に何の用なんだろ。


 湊は心の中でそう思いながら、ゆっくりと距離を詰めていく。


「湊君」


 弓弦葉の優しい声が聞こえた。


「弓弦葉……どうしたの? 自宅前で待っているとか、メールしてきてさ」

「ごめんね」

「いや、謝らなくてもいいよ。それで、何があったの?」

「それなんだけどね……家の中で話してもいい?」

「別にいいけど」


 湊は弓弦葉と、少しばかり、長い話になると思い、一旦、自宅に上げることにした。






「……」


 弓弦葉は湊の後を追うように、自宅リビングに入ってきた。


「これでも飲む?」

「うん」


 湊は冷蔵庫にある、リンゴジュースを手に、リビングにいる彼女に問う。


 弓弦葉が頷いたことで、湊は食器棚の中にあったコップを二つ手に取り、注ぐ。

 そして、そのコップを二つ、トレーの上に乗せ、リビングのソファに座っている彼女の元へ向かった。


「はい、リンゴジュースな」

「ありがと」


 弓弦葉は大人しい感じに首を縦に動かし、コップを両手で受け取ってくれる。そして、湊は、彼女の右隣に腰を下ろすのだった。




 湊の自宅リビングのソファに座っている弓弦葉は押し黙ったまま。

 特に話を切り出すわけでもなかった。


 何か思いつめることでもあったのだろうか?


 湊は首を傾げ、弓弦葉のことを思い、ただ、彼女の様子を伺うことにした。


 この頃、何か用事があるとか言っていたが、どんな理由の用事なのか、気になるところだ。

 もし、それが、弓弦葉の悩みになっているのなら、助けてあげたい。

 そんな思いが内面から湧き上がってきた。


 湊はリンゴジュースを口に含んだ。


「……」


 弓弦葉も無言で、リンゴジュースを飲んでいた。


 考えてみれば、高校生になってから、弓弦葉が、湊の家を訪れたのは、久しぶりだと思う。


 そんなことを考え、左のソファに座っている彼女の姿を、湊はチラッと見やる。


「私ね……」

「ん?」


 弓弦葉がコップを、ソファ前のテーブルに置いた時、ようやく彼女が重い口を開いた。


 湊は不安そうに様子を伺う。


「私ね……湊と……」

「なに?」

「つ、つき……」

「つき? なんて?」


 弓弦葉は口元を震わせながら、何かを言いづらそうにしていた。彼女の頬は紅葉している。


 言いづらい内容なのだろうか?


「あの……湊って、誰とも付き合っていないんだよね?」

「え? まあ、うん……」


 付き合っていないのは確かなこと。けど、弓弦葉と付き合いたいという思いはある。


「湊がいいなら……わ、私と、つ、付き合って……欲しいの」

「え?」


 ど、どういうこと⁉


 まさか、告白……なのか?


 突然の発言に動揺しながらも、湊は冷静さを保ち、再び、隣にいる女の子らしい表情を見せる、弓弦葉の方へ視線を向けた。


 もしかして、弓弦葉も湊のことが好きだったのだろうか?

 湊の心はドキッとし、熱くなっていた。

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