第14話 世那先輩は、誰かと付き合わないんですか?

「湊先輩、走るの慣れました?」

「大体ね」


 貴志湊きし/みなとは、息を切らしながら返答した。


 まだ、体力が追い付いていないところがある。

 元々、運動自体が得意ではないというのもあるが、今後もひたすら練習を続けていくしかないだろう。


 湊はダラッとした感じに、ベンチに腰掛けた。


「でも、ランニング部の活動の流れは理解しましたよね?」

「まあ、それなりには」

「じゃあ、明日までに、部活方針、考えてこれますか?」

「明日まで?」

「そうだよ。湊先輩は監督なんだから、そういうところの管理とかしてほしいなあって。私たちも、色々忙しいし」

「忙しい?」


 湊は首を傾げた。


「うん」

「……でも、紬って、ゲームセンターに行くだけじゃないのか?」

「そ、そうでもないよ……?」


 高井紬たかい/つむぎは乾いた感じに笑い、誤魔化しているような気がしてならない。

 が、湊は余計に突っ込んだ話し方をすることはしなかった。


「元々、毎日の練習内容は、先生が決めていたの。でも、湊君一人で考えるのが難しいなら。私も一緒に手伝うよ」


 ベンチ前に佇んでいる藤咲弓弦葉ふじさき/ゆづるはが、優しく話しかけてくる。


「え……でもな。わかった。一人で考えるよ。一応、監督なんだしな」


 湊はそういうことにした。もう少し、臨時だとしても、監督としての責務を全うした方がいいだろう。

 湊は、内心、気合を入れるのである。


「でも、本当に困ったら、私も協力するからね」

「うん、ありがと」


 湊は、弓弦葉を見やるのだった。


 視界に映るのは、弓弦葉の爆乳である。

 ベンチに座って見上げると、そのデカさが際立って見えるのだ。


「まあ、うん。じゃあ、俺、後片付けをしてくるよ」


 湊は気まずげに対応し、ベンチから立ち上がる。


「湊先輩って、まだ残るんですか?」

「まあ、俺、殆どここに所属して日が浅いし、後片付けとかを手伝おうと思ってさ。二人は帰ってもいいよ」

「いいの?」

「じゃあ、後はお願いね、湊君」


 二人はランニング場近くの小さな建物へと向かった。そこで着替えてから帰宅するのだろう。


 湊は練習で使っていたトラックの方へと移動した。




「ん?」

「なんでここに来たのよ」

「なんでって、別にいいだろ」


 そこで後片付けをしていたのは石黒楓音いしぐろ/かのんだった。

 あまり関わりたくはないが、変に距離をおいても、後々面倒になりそうな気がする。だから、勇気をもって話しかけたのだ。


「というか、後のことは俺がやるからさ。帰ってもいいよ」

「あんたに、指図されたくないんだけど」

「楓音って、何かやることあるんじゃないのか?」

「――⁉」


 楓音はハッとした顔を浮かべる。


「そういうことは言わないでよ」


 楓音から睨まれた。


「別に、あのことは言ってないだろ」

「……あんた、本当に誰にも言っていないでしょうね?」

「言ってないから」

「……本当?」

「疑い深いな」

「当たり前でしょ……あのことを言われたら、困るから」

「じゃあ、学校からの許可は貰ってないってこと?」

「貰ってるけど……表向きは、バイトってことになってるから……」

「バイトか……それで、具体的に、どんなことをしてるの?」

「ばか、そんなこと言うわけないでしょ」

「怪しい感じ?」

「そうでもないけど……普通の仕事よ……」

「普通?」


 湊は首を傾げた。


「別にあんたには関係ないじゃない。というか、最後の作業をやってくれるんでしょ? はい、これ」


 湊は彼女から、ライン引きの道具を渡された。トラックに白い線を引くモノである。

 このランニング場は、部活の一環で使用しているが、所有者は別の人なのだ。ランニング部担当の先生の知り合いが、所有者と交渉し、使わせてもらっている。

 利用後、最後の整備と、後片付けはしないといけないという条件があった。

 一応、公共の場所なので、ごみとかが落ちていたら、後々利用禁止になるかもしれないのだ。


「というか、後のことは任せたから。別に感謝とかしないし。むしろ、整備とかして、普通だからね」

「わかってるって」

「……」

「ん? どうした?」

「なんでもない」


 楓音は振り返ることなく、走って、その場所から立ち去って行ったのだ。






「これくらいでいいんじゃないか、湊。そろそろ帰るか」

「はい」


 共に、最後の確認をしていた、宮原世那みやはら/せな先輩から話しかけられる。

 時刻は六時半を過ぎ、薄暗くなっていた。


 ランニング場の周辺には、電灯がついていて、完璧に暗いというわけではない。が、そろそろ帰宅しなければいけないのだ。


「というか、他の人からも言われたと思うけどさ。明日までに、練習表作ってこれるか?」

「多分……できると思います」

「ん? やっぱ、その表情さ、不安なんだろ?」

「はい。そうかもしれないですね」

「不安だったら、私が一緒に協力するし。ちょっと、どっかに寄って行かないか?」

「どこにですか?」

「簡単に、ファミレスとかさ。この近くに、七時頃から安くなる場所があるんだよ。それに、バイキング形式のファミレスだからさ。比較的安いからさ。行く?」

「じゃあ、行きます」

「そう来なくちゃな」


 世那先輩に言われ、制服に着替えてから、ランニング場を後にすることになった。






「それでさ。走ることには慣れたか?」

「まだですかね」


 世那先輩とファミレスへ向かって歩いている湊は自信なく言った。


「そっか。だとしたら、もっと練習した方がいいかもな」


 世那先輩は前向きである。

 そんな中、湊の脳裏をサラッとよぎることがあった。


 湊は、先輩と部活でしか関わっていない。

 普段はどんなことをしているのだろうか?

 そんなことが、ふと気になったのである。


 紬はゲームセンター。弓弦葉は、漫画とかが趣味だし。楓音に限っては、隠れてバイトをしているのだ。


 世那先輩は何が好きなのだろうか?

 誰かと付き合っているとかあるのだろうか?


 この前、先生が、部員の子らは、付き合うことを拒否しているとか、そんなことを言っていたことを思い出す。


 では、誰とも付き合っていないってことか……?

 湊は先輩の隣を歩き、そう思う。


 それにしても、一緒にいるだけで、隣に爆乳があるとわかるほどの大きさ。。

 横目で見ると、先輩が歩く度に、おっぱいが揺れ動いているのだ。


 制服の上からでも把握できるほど、デカさである。


 湊はどぎまぎしていた。

 おっぱいを意識すれば、逆に湊の方が気恥ずかしくなってくる。




「そういや、湊って、なんか目的はあるのか?」

「目的ですか?」

「そうだよ。目的とかあれば、頑張れるかなってさ」

「目的は……」


 ただ、弓弦葉と付き合いたいという気持ちが強い。

 もしかしたら、それが目的かもしれない。


「ないのか?」

「ありますけど……えっと、世那先輩はあるんですか?」

「私の目標はね。今のところ、実績を残すことくらいかな」

「実績?」

「そうだな。今のところはな。それが達成されないと、後のことはできないし」


 世那先輩は真剣な表情でハッキリと口にしていた。


「……世那先輩は部活ばかりで大変じゃないんですか?」

「そうでもないさ」

「誰かと付き合うとかしないんですか?」

「私がか?」


 先輩は少し真面目な顔を見せた。


「私は、そんな気分じゃないしさ。それに、私が求める感じの人もいないし。今のところはないかもね」


 世那先輩はハッキリと言い切っていた。


「この話はなしな。私さ、恋愛の話はそこまで好きじゃないし」

「すみません、そういう話題を振って」

「別にいいよ。ん、あっちの方がファミレスな。看板が見えてきたし。一旦、走るか」

「え?」


 先輩は急に走り、その場所へと向かっていく。


 湊は追いかけるように走りだすのだった。

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