第4話 パシリという名の”デート”とは一体…⁉

 成り行きでランニング部の臨時監督になった日の放課後。


 貴志湊きし/みなとは街中にある店屋にいた。

 そこは、学生であれば、一度は通うことのあるハンバーガー店。

 店内をあっさりと見渡すだけで、色々な年代の人がいる。

 けど、比率的には、湊と同じ、学生くらいの人が多い印象だ。


 今日は、ランニング部の活動はないことになっていた。

 だから、そのまま帰宅するつもりでいたのだ。

 けど、そうそう上手く事が進むことはなかったのである。


 ランニング部部長の宮原世那みやはら/せな先輩から、帰り際に校舎内で引き止められたのだ。

 その時の学校は、少々騒がしくなっていた。

 なんせ、爆乳で有名な美少女な先輩から、パッとしない生活を送っている湊が、声をかけられたからだ。


 普通に考えて、あり得ない状況であり、学校関係者らの中で、大きな噂になってしまったことは事実である。

 明日、学校に行ったら、周りからなんて言われるか考えるだけで怖かった。


 余計なことには発展したくないと思いつつ。先ほど、ハンバーガー店のレジカウンターで注文した品を黒いトレーに乗せ、皆がいる席へ向かう。




「それじゃ、皆が揃ったことだし、話し合いでもしようか」

「そうですね」


 世那先輩の発言に、高井紬たかい/つむぎが元気よく頷く。


「というか、なんで、こいつにすることにしたのよ。部活の監督なんて他にもいるでしょ」


 皆と同様に、テーブル前の席に座っている石黒楓音いしぐろ/かのんは不満そうな顔を浮かべていた。

 納得していないような表情であり、大きなため息を吐き、迷惑だといった態度を雰囲気で言い表している。


 そんなセリフを耳にしてしまうと、湊は申し訳ない気分になった。元々、楓音とは教室内では、隣同士。その上、今も部活の一環として、ハンバーガー店にいて、食事をとっているのだ。


 同じテーブルの席に座っているのに、湊は彼女の方を見ることなんてできなかった。

 気まずい思いが、じわじわと蓄積されていくようだ。


「で、でも……湊君は、そんなに悪い人ではないですし。しっかりと役割をこなしてくれると思います。なので、問題はないかと……」

「……だったらいいけどね」


 楓音はまた、ため息交じりの不満げな顔を見せ、発言者である藤咲弓弦葉ふじさき/ゆづるはを睨むように横目で見やっていた。

 弓弦葉は、そんな楓音の視線にドキッとした感じになり、少々小さくなっていたのだ。




「それで、どんなことについて話すんですかね?」


 静まり返ったこの空気感を払うように、湊が言葉を切り出したのだ。


「まあ、そうだな。簡単に言うとな、部活の方針や、今後の湊の役割とかかな。ほかにも色々とあるんだけどな。いきなり言われてもわからないだろ?」


 湊の右の席に座る部長の世那先輩は堂々とした立ち振る舞いで言い。そして、湊の様子を伺うのだ。


「部活の方針とか、大まかな流れとかは、決めないといけないと思いますけど。俺の役割って何ですか? 一応、臨時監督とか、パシリって扱いになっていますよね……。今更、そのことについて話し合う必要性はないような気が……」


 自分でパシリとか口にしていて、悲しくなってきた。


 元はといえば、湊が彼女らの着替えを見てしまったことが原因でこうなっている。仕方ないと思い、悲しき感情をグッと抑え込んだ。


「まあ、パシリとか、監督とかの件だが……他にも役割があってだな」

「役割?」


 湊は、真剣な表情で先輩の意見を伺う姿勢を見せた。


「湊にはな。私らとデートをしてもらう」

「……で、デート? ですか?」

「ああ」


 先輩は迷うことなく、その言葉を口にしたのである。

 だとすれば、デートをするということは、事実である可能性が高い。






「えっと……もう一度、聞きますけど、デートって、あの、その……男女が恋愛関係として付き合うというデートですかね?」

「そうだが?」


 世那先輩はハッキリと言い切ったのだ。

 本当に、あのデートで間違いはないのだろう。


 けど、なぜ、デートをしなければいけないのだろうか?

 湊が所属している部活は、ランニング部であり、基本的に走る活動である。

 それとデートが何か繋がりがあるのか、不思議でならなかった。


「デートといってもな、簡単に考えてくれればいいさ。決して男女同士が、恋愛に発展するというデートじゃなくてもいい」

「え?」


 湊の抱えている疑問がさらに加速したのである。


「どうしても、デートに抵抗があるなら、友達的な感じで遊ぶだけでいいさ」

「遊ぶだけ? でも、なぜ、部活の休みの日に、デートみたいなことをするんですか? というか、なんで、俺なんですかね?」


 湊は今、抱いている悩みを解消するかのように発言した。


「まあ、ただ運動しているだけではダメなんだ。少しは息抜きをしないと、よくないんだよ。それに、湊は私らのパシリなんだ。そういうこと」

「そういうことって……⁉」


 湊が混乱していると、先輩がハンバーガーを一口食べていたのだ。そのあと、オレンジジュースなるものを口にしていた。


「まあ、そういうこと。部活だけではなく、デートの件も頼むからな」


 世那先輩は勝手に話を進め。勝手に、納得した感じの結論に到達していたのだ。




「ね、湊先輩。最初に誰と付き合いたいですか?」


 同じテーブル正面の右側の席に座る紬は、テンションマックスで席から立ち上がり、元気よく話しかけてくるのだ。

 デートするという話になり、ワクワクしている印象である。

 

 それにしても、紬が動くだけで爆乳が揺れ動くのだ。

 途轍もない揺れ具合であり、どこへ視線を向ければいいのかわからず、湊は視線をキョロキョロさせていた。


「というか、私は反対なんだけど、こんなキモい奴と付き合うとか……」


 テーブル正面の左側の席に座る楓音は、湊を軽蔑した感じに見やる。

 彼女は面倒くさそうに、コーラをストロー越しに飲んでいた。


 というか、楓音とは付き合う気はない。

 湊は恋人すらもいない童貞ではあるが、面倒な奴とは絶対にデートはしたくなかったのだ。

 むしろ、こっちから願い下げだと思う。


「まあ、楓音ちゃんが嫌なら、別に参加しなくてもいいんだよ」


 と、ちょっとばかし攻めた感じに言う、弓弦葉がいた。

 彼女は、湊の左の椅子に座っている。


「わかってるわよ。だったら私抜きで話を進めたら。部活に関しては話すけどね」


 そんな不貞腐れた感じに、楓音はハンバーガーを食べ始めていたのだ。






「しょうがないか。だったら、楓音を除いた三人が、湊と付き合うってことで、それでOKな?」

「私はいいよ」

「はい。私も」


 世那先輩の問いかけに、反応を示す紬と弓弦葉。


「では、いつからデートをするかだけど。誰かから湊と付き合う? じゃんけん? それとも別の方法で決めるか?」

「んん……どうしよっかな。弓弦葉先輩はどうしますか?」

「わ、私は……いいよ。最初でも」


 紬の発言に彼女は、どことなく嬉しそうに頷いていた。


 え?

 まさか、最初っから、弓弦葉と付き合えるのか?

 湊からしても衝撃的だった。


 湊は、弓弦葉のことが昔から好きだったからだ。

 けど、関係性を崩したくなかったこともあり、告白までには至らなかったのである。


 弓弦葉の方はどう思っているのだろうか?

 そんなことばかり考えてしまう。


 ランニング部に入部したのは突然の出来事であり、色々と面倒なこともあるのだが、結果としてはよかったのかもしれない。


 弓弦葉と付き合えるチャンスが今、回ってきたのである。

 湊は勇気を込めて、発言をしようと思った。


「でも、最初のデートは紬ちゃんに譲るわ」

「え? いいんですか?」

「うん」


 弓弦葉は突然、方向転換をしたのである。結果、湊が発言するタイミングを逃してしまったのだ。


「どうしたの湊先輩?」

「いや、なんでもないよ」


 簡単に誤魔化すことにした。


「じゃ、湊先輩。今日から一緒にデートしよ。この後ね」

「今日か?」

「うん。でも、ちょっとしか時間ないし、すぐに立ち寄れる場所でもいいから。ね、いいでしょ?」

「まあ……」


 湊は、左にいる弓弦葉をチラッと見た後、紬に対し、簡単に同意するように頷いたのだ。

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