女装聖女と男装銃士に、恋はまだ早い

武州青嵐(さくら青嵐)

第1話 隠し部屋


 この任務で、ついに自分は死ぬ。


 サイラスがそのことに気づいたのは、処刑場でもなく自室でもなく、いつもの隠し部屋だった。


「心配ない、サイラス。君の護衛にはいつもどおり銀羽ぎんはね騎士団が受け持つ」

 黙ったままのサイラスを励ますように、宰相のセオドアは手を伸ばした。


「確かに危険な道中になるかもしれんが……。安心して聖女のふりをしてくれればいい。そして王都につく前にオーロラと交代。いつもどおりだ」


 ソファに座ったままのセオドアはサイラスの手をぎゅっと握る。

 サイラスは少しだけ表情を動かした。口端を上げ、目じりを下げて老紳士を見やる。


 彼がさっきサイラスに命じたのは、双子の姉であり聖女であるオーロラのふりをして王都まで御幸みゆきに行け、ということだった。


「そうですね、宰相」


 そしてそこで死ねと言うのですね。

 その言葉は心の中だけにとどめる。


「お話はお終いかしら」


 淡々とした声に顔を向ける。

 長椅子に座っていたオーロラが立ち上がり、こちらを見ていた。


 黙っていれば、非常に美しい女性だ。きょうだいのサイラスでさえ思う。


 双子なのだから、同い年。

 今年二十歳になるが、少女のような可憐さと、大人びた色気を同時に感じさせる不思議な色香を彼女は持っていた。


 ひとたび微笑めば、神さえ篭絡する。

 神官長が真顔で語っていたが、まさにそうだと思う。涙を見せ、しなだれかかれば、悪魔さえ更生させそうだ。


「ああ。詳細についてはまた知らせるが……。君は一足早く王都に向かいなさい」


 一国の宰相であるセオドアに返事もせず、オーロラはつかつかとサイラスに近づいてきた。


「失敗をしてわたくしの評判を落とすことは許しませんよ」


 冷ややかにそれだけ告げると、くるりと背を向けた。

 隠し扉に向かったオーロラは、挨拶もなく退室する。


「行ってくれるかね、サイラス」

「ええ、もちろん」


 事実上の命令に、サイラスは笑った。


「オーロラの代わりに御幸を」


 サイラスは〝忌み子〟として幽閉され、聖女にとって危険な任務があるときのみオーロラの身代わりとして引き出されて利用された。


『本来なら生まれてすぐ殺されていたのだ。宰相閣下に感謝しろ』


 神官たちにはそう言われたが。

 こんな生活が長く続くはずがない。


 年が二けたになるころには、いや、男であるサイラスが思春期に差しかかり、オーロラとの身長差や体格差が出てきたころには、はっきりと気づいた。


 いつか自分の存在は「最初からなかったことにされる」と。


 だから、物事に執着せず、いつ命を奪われても悔いが無いように生きてきた。


 それなのに。

 心残りができた。


 宰相セオドアが「話し相手」として連れて来て、現在は銀羽騎士団で銃士をしている幼馴染のアイラ。


 自由奔放なだけに、ひとよりも痛みを知り、自分の心にまっすぐだからこそ、誰よりも傷を負う。


 そんなアイラが心配で仕方がない。


 彼女がこの先もずっと、銀羽騎士団で生活できるように。


 自分はこの御幸に行かねば。

 行って、御幸を成功させ、銀羽騎士団に名声を与えるのだ。


 誰もがうらやむ騎士団とすることで、そこに所属する騎士と銃士に栄誉と栄冠を授けねば。


 それが、自分の最期の仕事だ。

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