第5話 意外な鍵
天使の言葉に幸人は反論ができない。迷った末に困惑の表情で聞き返した。
「それは本当の話なのか?」
「信じられないのは当然だ。ゲームオーバーになる度に記憶をリセットされてスタートに戻されているからな」
言い切った直後、考え込むような表情となった。
「そうとも言い切れないか」
「どういうことだ?」
「毎回、結末が違う。最初はルートを逆走して死神に呆気なく殺された。靄の正体を確かめに行ったのだろう。二回目は気にしながらも正しいルートを進んだ。繰り返す度に少しではあるが進展した」
思い出す度に天使の表情がコロコロと変わる。時に怒りに震え、数秒で笑顔となった。
黙って話に耳を傾けていた幸人は、なんだ、と拍子抜けするような声を出した。
「それだけリセットをしているのなら、必死になって逃げる必要はないよな。また新たな気持ちでゲームを始めればいい」
「無理なんだ。今回、死神にやられると本当の死を迎える。この世界の死を繰り返すことで現実の死に追い付かれるんだ。なんとなくでもわかるだろ?」
促された幸人はここまでの道程を振り返る。思い当たる節があるのか。熟考の末に口を開いた。
「傷ついたバスケットボールがあった。ヘアピンカーブは高校の途中にある。破損したクロスバイクは俺が登下校に使っている物だ。地面には血の跡があった」
一度、言葉を切った。個々の情報から思い浮かぶことを口にした。
「俺はバスケットボールが原因で、ヘアピンカーブを曲がり損ねて転倒して……今は病院で昏睡状態になっているとか?」
「もっと悪い。現実世界では脳死となって五日が経つ。このゲームのような世界を延々と続けている時間はほとんどない。肉体が持たないんだ」
「いきなりそうくるか。ゲームの難易度はナイトメアだな」
泣きそうな顔で軽口を叩いた。天使の視線に気付いて話題を変える。
「俺を含めて、坪坂、おまえ達は何者なんだ?」
幸人は天使に真摯な目を向ける。
「おまえは事故が元で心の深層に落ちた意識だ。あたし達はおまえが想像したことで生まれた。表層に近い存在もあって現実の情報を得ている」
「納得した。俺の意識が元になっているから四宮は見た目通りのドワーフで、委員長がサキュバス? 天使は、そうだな。少々、口は悪いがイメージと掛け離れてはいないかな」
「イメージにぴったりだろ。サキュバスは仕方がない。定期テストの順位でおまえに負けて相当に恨んでいるからな」
「記憶にないんだけど」
「そうであっても、おまえのイメージではサキュバスなんだよ。その委員長とかいうヤツは」
幸人が考え込む前に天使はアイコンを足で押し出す。
「長話が過ぎたな。あとはおまえの頑張り次第だ。早くこれを買って
迷っている時間はない。幸人はアイコンの購入を決めた。
「坪坂、ありがとう。本当はもっと助けて貰いたいんだけど、これは俺自身が解決しないといけない問題なんだよな」
「よくわかっているじゃないか。あと、あたしは天使だからな!」
「わかったよ」
苦笑した幸人は三白眼の天使と別れ、羽の生えた靴で沼地を飛ぶように走ってゆく。所々にある枯れ木は軽々と避けた。白く浮き出る魔法陣はうっかり踏んで隅の方へ強制的に飛ばされた。その横手は底が見えない深淵で激しい身震いを起こした。
「危なかった。気を付けないと」
走り出す直前、背後を窺う。黒い靄の中に白い髑髏がはっきりと見える。大口を開けた状態で大鎌を振り上げ、やや速度を上げた。
幸人は取得した新しい力で徐々に引き離し、沼地を突っ切った。
空の色まで変わって見える。澄んだ水色の下、淡い光に包まれた大きな道が真っすぐに伸びる。その中央を無言で走った。
彼方にアーチ状の物が薄っすらと見えてきた。金銀の宝飾で彩られた見事な大扉が幸人を迎える。
観音開きの作りを見て素早く中央に立った。左右の扉を同時に押すように両手を当てて低い姿勢になる。
気合を入れた声を張り上げ、全身に力を込めた。額まで当てたが、びくともしない。
「なんでだ!」
怒鳴って後ろを振り返ると死神が近くまできていた。
幸人は扉に向き合う。表面に答えを求めるように隅々まで見ていくと右端に大きな鍵穴を見つけた。
「鍵だって!?」
取り零したアイテムが頭を過る。水中エリアはほとんど探していなかった。だが、引き返す道はない。
死の象徴が立ち塞がる。死神は大扉の大きさを凌駕した。絶望的な暗黒を全身から放ち、大鎌の切っ先を幸人の首筋に定めた。
「重要アイテムなのに、ないのかよ!」
幸人は振り返ると右手にフックを装着して死神に放つ。鉤に手応えは全くなく、何の成果も挙げずに戻ってきた。
「ど、どうすれば! 重要アイテム、まさか!?」
幸人は死神に背を向けた。刃毀れしたマサカリを手にする。欠けた部分が鍵の形状にそっくりで瞬時に鍵穴へ差し込んだ。瞬間、勝手に回り出し、仕掛けが稼働して扉の合わせ目から光が零れた。
大扉は内側に大きく開いた。溢れ出た光に死神は粉々に砕かれ、幸人は無上の温もりに包まれた。
意識と光が混ざり合う。
「四宮、ありがとう。本当に、重要アイテム、だったよ……」
六十六回目、幸人は死神から逃げ切った。
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