第17話 教会への帰還
この世界では誰もマディアを心配していないと思っていた。
だからこそ再び殺されてしまわないように逃げた。
それが一番の方法だと信じていたから。
それなのにマディアを追いかけ屋敷を抜け出したなんて。
一使用人のロゼがそこまでマディアを想っていたなどと。
思いも寄らなかった。
私を見失ったと言っていたサティルス広場の近くで。
宿屋兼酒場で働いているというと眉根を寄せて怪我はないかと。
身体中を目視だけでは飽き足らず触ってまで確認される。
少し過保護がすぎるような気もするが。
見捨てて逃げてしまったのは悪かったかもしれない。
少しぐらいの依存は許しても平気かと腕を組むのも厭わなかった。
自分のことで手一杯だったが。
彼女はマディアが拾ってきた貧困街の子供だった。
それならばあの屋敷でいる場所などなかったかもしれない。
悪いことをしたと今になって思う。
「ロゼの主人にしてはあまりにひ弱そうだ」
見上げるほどの上背に鷹のように獰猛な瞳がこちらを睨む。
ナシュと呼ばれていた屈強な灰髪の戦士だ。
ロゼが私に擦り寄るたびに背後から殺気を感じる気もするが。
見ないに越したことはないと深く掘り下げるのは早々にやめた。
教会に匿ってもらっていたと言っていたが。
ここ数日でそこまで教会の修道女たちと親交を深めているとは。
背中に刺さる視線が仲の良さを物語っている。
会わせたい人とはどんな人だろう。
優しく美しい人だとは教えてくれたけれど。
「マディ…。ユウリくん着きました」
貧困街を抜けた先に突如として現れる。
蔦に覆われた古びた煉瓦造りの教会。
「ずっと首都に住んでいるけどこんなところ知らなかったな」
気にかけてついてきてくれたサルマは不思議そうな顔で辺りを見回す。
騎士団長として見回りや警護も行っているが貧困街は範囲外のようだ。
「シャン。帰ったよ」
小窓を覗き込みながら力強くナシュが扉を叩くと。
甘い響きの声色が返事を返す。
「そんなに叩かなくても聞こえているわよ」
軋む扉の向こうから優雅な所作で登場したのは。
栗色の髪に錫色の瞳が特徴的な豊満な肢体の修道女だった。
「お帰りなさい」
嬉しそうにナシュとロゼを出迎えている。
その鈍色の瞳と目が合った瞬間悪寒が走る。
妖艶な微笑みの向こうに沈む感情が垣間見えた気がした。
「あら。その短髪の彼はもしかして」
ロゼが喜びを隠しきれない表情で幾度も頷く。
「シャン。この方がマディアお嬢様です」
「初めまして。今は訳あってユウリと名乗っています」
「ではユウリさん。ようこそ我が教会へ」
今日はもう遅いのでここに泊まることになるかもしれない。
先ほどの背筋を駆ける感覚が勘違いなら良いのだが。
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