第3話 無知は罪と知った日
魔物に辺境の村が襲われたと報告を受け、
娘の婚約式に出ることもできずに村へと向かった。
数日かけ国のはずれまで馬を走らせ到着したのだが。
眼下に広がるのは穏やかな村の日常。
魔物の気配なんて一抹もない平和そのもの。
畑を耕す農夫に洗濯をする家内たち。
田舎のごくありふれた光景。
村長に話を聞くとこの村に魔物が現れたのは、
百年も前が最後だとのことだった。
どういうことだ。
国からの司令書にはSランクの魔物が出現したと書かれていた。
何かがおかしい。
書状を作成したのは現国王の息子。娘の婚約者だ。
私の知らないところで事態が進行している気がした。
首都からマディアの父である私を遠ざけようとしたのだとしたら。
背筋に悪寒が走った。
馬を諦め神経を集中する。
我が一族に伝わる能力は魔力を急激に消費するが、
その力で一時的に空をも駆けることができる。
騎士たちを置き去りにし、
屋敷に戻る頃にはもうあの子の姿はどこにもなく。
使用人たちも居所を知らないと言う。
主人の娘の居場所がわからないなんてそんなはずない。
この世で最も愛おしい我が娘は今どこにいるのか。
「侍従長は」
「はい。お早いお戻りで。いかがいたしましたかホバスト様」
「マディアはどこにいる」
「家紋落ちのことでございましょうか」
「家紋落ち?何を言っている」
「あの小娘は齢が十に達しても能力が開花いたしませんでした。
クラック家の血が流れていないことの証でございます」
「あの子は彼女の忘れ形見だ。
我が家の呪われた血など流れているわけがないだろう」
「は?それは…」
「私のような他者の血で汚れた者などに汚されないよう、
穏やかに過ごしていたはずだ」
「そっそれは。あの…」
大粒の汗を流し目を泳がせる侍従長。
あの子がこの家に来た時から、
我が娘として丁重に扱うように指示をしていたはずだ。
それなのにこの侍従長の狼狽は。
恐ろしい考えが頭をよぎった。
能力開花は十歳までに顕現する。
その後から今まで血がつながっていないために
あらぬ誤解を受けていたのだとしたら。
マディアは今年で十八歳になる。
私はいつからあの子の姿を見ていない。
いつからあの子についての報告を聞かなくなった。
これまで違和感に気がつかなかった自身も憎い。
剣を抜き目の前に男の首に突きつける。
「ヒィッ。お許しくださいご主人様」
「あの子は。マディアはどこにいる。答えろ」
「申し訳ございません。お会いにならないのでてっきり」
「そんなことは今はどうでもいい。マディアはどこだ!」
急いで駆けつけた時には、もう全てが終わっていた。
初めて会ったとき彼女に抱きしめられた赤ん坊。
近づけた指を握りしめた小さな手。
目が合うと花が咲くように笑った。
この輝きを生涯守ろうと誓ったのに。
目の前の棺の中には冷たくなったマディアが横たわっていた。
痩せ細った体に落ち窪んだ眼窩。
あかぎれの目立つ手。
彼女を守るために作った場所は、
マディアを貶めていた。
無知は罪だ。
無惨に斬られた首を撫でる。
その顔に触れると頭が向きを変えた。
心の中で何かが音を立てて崩れ落ちる。
この世で一番大切なものを守ることもできず。
その棺に土がかけられ埋まっていく様を見つめることしかできない。
世界の終わりはこんな色だろうか。
呆然と立ち尽くしていると。
棺が光を放つ。
目の前に現れたのは生きた娘の姿だった。
こちらを見つめる深緑の瞳。
彼女は天使か悪魔かどちらなのだろう。
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