異世界転生は屍姫にて
齊藤 涼(saito ryo)
第1話 目が覚めたら処刑後でした
瞼を上げると漆黒の闇が広がっていた。
「ここは…」
体を起こそうとしたけれど思うように動けない。
狭い場所に閉じ込められているみたいだ。
湿った木と土の匂いがした。
手を伸ばすとざらりとした質感に触れる。
一人で残業をしていたはずなのに。
ここは一体どこなのだろう。
「社長にまた怒られてしまう」
早く仕事に戻らないと。
手探りで出られる場所を求め動く。
ようやく光の漏れる隙間を見つけた。
まずは外に出なければ。
木が腐っていたのか柔らかいところがあった。
少し押すと隙間が広がっていく。
力を入れすぎたようで転がるように外に出た。
眼前に広がる土壁。
振り返ると閉じ込められていた場所は木製の棺のよう。
恐怖に駆られる。
私は誰かに埋められる寸前だったのか。
棺に書かれた名前を読もうと屈む。
空気を裂くような悲鳴が聞こえ見上げると、
ぽっかりと口を開けた空からこちらを覗き込む大勢の外国人。
教科書でしか見たことのないようなドレスを身に纏っていた。
知らない言葉で話しているのになぜか内容が理解できる。
「確かに処刑されたのに」
「しっかり頭を切り落としたよな」
「この目で息絶えるところを見ていたのよ」
死んだはずだと口々に言う人々の歪んだ表情に吐き気をもよおした。
「マディア。お前はとうとう悪魔に魂を売ったのか」
声を上げたのは群衆の中で一際目立つ美貌の男。
逞しい体躯を上等な生地で作られた衣類に包み。
薄浅葱の髪が風になびく。
瑠璃色の瞳がこちらを見据えた。
獲物を狙う鷹を彷彿とさせる鋭い眼光。
心臓が脈を打つ音が聞こえた気がした。
私はその名をよく知っている。
小説『愛の終わり』に登場する悪女。
聖女の殺害を企み処刑された悪役令嬢マディア。
彼は私のことをマディアと呼んだ。
ここは『愛の終わり』の世界なのだろうか。
自分の容姿を確認したいけれど土に囲まれた場所では何にもできない。
「答えないのか。我が娘よ」
「悪魔と契約なんてしていない」
「切り落とされた首がつながっているのに嘘をつくな」
「首が…?」
触っても違和感はなかった。
なのに喉が焼けるように熱くなる。
ー『体を拘束され頭が観客のいる道に転がり落ちる。
段差を落ちていく振動。
処刑を目の当たりにした人々の歓喜の声が耳にこだました。
上を向いた瞳が最後に捉えたのは、
愛していた王子が卑しく笑う顔だった。』
頭の中に乱れた映像が流れる。
本物のマディアの記憶なのかもしれない。
「聖女シシルがそこまで憎かったのか」
「憎くなんて。あるわけ…」
知っている人でもないのに殺意なんて湧くわけがない。
この男は娘と他人の区別もできないのか。
話しかけられているのを無視してこの状況を整理しよう。
『愛の終わり』は勧善懲悪の恋愛が売りの小説だ。
平民だったシシルが聖女としての能力に開花し、
王子ハリスに見初められ王妃として成り上がる。
色々な男に言い寄られるが王子から心を移さず一途なまま。
シシルを蹴落とそうとした愚かな者が王子の手によって罰せられ。
国を滅ぼそうとした魔物を手に手を取り合いどうにか倒し。
階級の壁を乗り越え二人で幸せに暮らしましたとさ。
簡単におさらいするとこんな話だったと思う。
だいぶ前に読んだ小説なのでぼんやりとしか覚えていないが。
『愛の終わり』では一人だけ冤罪で死刑になる。
平民との結婚を許せなかった王妃にそそのかされ犯人に仕立て上げられた。
王子の婚約者であった令嬢マディア。
冤罪で殺された恨みから魔物と化し。
二人の愛の最後の障害として立ちはだかるのだ。
斬り殺される直前、人間だった頃の意識を取り戻す。
魔物の姿のまま涙ながらに殺してほしいと懇願する様には号泣した。
物語の中でマディアが魔物になる理由のひとつに父親の存在がある。
子供の頃からどんなに頑張っても見向きもしなかった父。
冤罪であることも訴えても一切信じてくれることはなく。
あまつさえ処刑されるように手を貸した。
確かその男の名前は。
「王家の番犬。氷のホバスト・クラック」
「あぁ。私がホバストだ。クラック家の誉を思い出したかマディア」
これは異世界転生というやつだろうか。
今が生き返った状態なのだとしたら。
恨みから魔物になった瞬間なのかもしれない。
体から力が抜ける。
今すぐ逃げなきゃいけないのに。
目を開けていることができずに私は気を失った。
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