3.ポツリポツリ

「……まぁ、誰にでも言いたくない事はあらぁな! 無理に話す必要はねぇよ。――っと、そうだ! 俺はギグスだ。よろしくな? リフェー……えっと……」

「リア、だ。リフェーリア」


 火に掛けていた鍋の湯を使って、リフェーリアに香草茶を入れてやると、それに口をつけた彼女の顔から緊張の色が少しずつ抜けていく。

 俺は、特段話しかけることはせず、静かにリフェーリアを見守る。


「ふぅ。……うまい」

「……だろう?」


 時間は、もう数時間もすれば日の出になりそうなほど深くなっていた。

 ポツリポツリと現在地や、リフェーリアが落ちてきた時の状況を教えてやる。

 彼女は両手でお茶の入った器を包みこんで、ただ黙って聞いていた。


「生きていたのは、偶々だったのだな……」

「そうとも言い切れねえぜ?」

「……なぜだ?」

「おま……リフェーリアがいるのは、何かの祭壇だ。ここは大昔に教会かなんかだったんだろうから、そんなトコに落ちたんなら、なんかしらの神様の思し召しかも知んねえぞ?」


 俺の問いかけには、そんなことあるかってな感じに「ふんっ……」と鼻を鳴らしただけで、彼女は何も答えなかった。

 気まずい空気が流れるが、それも彼女が破った。


「そう言えば、こんな夜更けのこんな場所で、魔物は大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だ。魔物除けの香を焚いてある。――って、寒くねぇか?」


 焚火に薪をくべてやる。


「寒くない。……貴様――ギグスは、準備がいいのだな? 毛布に魔物除けや薬草、包帯まで持っているとは……」

「冒険者だからな……元か……いや、まだ現役だ」

「冒険者、か」


 リフェーリアがうつらうつらと舟を漕ぎだしたので、横にして寝かせてやる。

 それにしても、空から降ってくるっていうとんでもねえ体験をした割には、落ち着いてるなこの娘は。


 彼女が寝ている間に、数時間後にはやってくる朝に備えて、朝飯の用意でもしとくか。

 つっても、黒パンを浸すスープを作るくれえだけどな……

 ひとり旅の用意しかしてねえから、器もさっきの香草茶の椀しかねえぞ? まあ、俺が鍋を椀代わりに使えばいいだけか……



 リフェーリアが日の出とともに目を覚ましたので、一緒に飯を食うと……また気まずい沈黙の時間が訪れた。

 彼女は祭壇に腰かけて、俯いたまま手をもじもじと動かしている。


「ところでリフェーリアよぉ? お前はどっか行く当てはあるのか?」


 無えだろうなとは思いつつ、気まずさに負けて聞いてしまった。


「…………ない」


 だろうな。


 再びの沈黙の後、リフェーリアが「あの……」と、口を開いた。


「その……冒険者とやらには誰にでもなれるのか? い、生きていけるほど稼げるのか?」


 彼女は顔を上げて、もじもじと動かしていた手を胸の前で握りしめながら、近くの石に座っている俺に真剣な眼差しで聞いてくる。


「ああ。なれるし、稼げるぞ。命の危険は付いて回るがな」

「そうか……」


 リフェーリアは、マジな表情を崩さない。

 俺は冒険者の仕事やギルドの仕組み、クラン――高ランク冒険者が複数集まって組織し、自らの責任において依頼を直接受けられるようになる――について説明する。

 ギルドでもクランでも、実力があって高ランクになれば稼ぎは良くなるし、クランに入れば指名依頼も受けられたりするから稼ぎの上限も跳ね上がることを教えた。

 リフェーリアは、そのどれもを真面目に聞いていた。


「まあ、俺の場合は追ん出されたけどな……」


 俺の最後の言葉に、彼女は目を見開いて驚いていた。

 そして、その口から「お前もか」と聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしておこう。


 そんなリフェーリアは、また俯いて少し考え込んでから、パッと顔を上げて意志のこもった瞳を俺に向ける。


「ギ、ギグス! どうやったら冒険者になれる? お、教えてくれないか?」

「冒険者になるには、まずギルドのある町に行かなきゃな」

「“町”とは人里のことか? どこにある?! 教えてくれっ!」


 リフェーリアが俺に飛びかからんばかりに身を乗り出して聞いてくる。


「待て待て、慌てるな。俺の旅の通り道に、冒険者を始めるにはちょうどいい規模の町があるから! ここから4~5日のところだ。そこに連れて行ってやるから、落ち着けっ! な?」

「本当か!? あ、ありがとうギグス!」


 満面の笑みを浮かべて「ありがとう。ありがとう」と、彼女が俺に飛び込んで抱きついてきた。


「わっ、分かった分かった! ちゃんと町まで連れて行くから! これから町で人目に着いてもいいように、身体の汚れやニオイを落としてから出発しような? 綺麗さっぱりとさっ」


 何気なく発した言葉だが、そのどれかがリフェーリアを怒らせてしまったようだ。

 抱きついていたその手で俺を突っ撥ね、毛を逆立てながら両手で胸倉を掴んできた。


「きっさまあー! アタシを侮辱する気かっ!!」

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