第12話 (7) 魔法使いとなったきっかけ

 ニアが魔法を使えるようになったのは、私がニアの大切な何かを湖に飛ばしてしまって、それを取りに行こうとしたニアが溺れてしまったのがきっかけだった。


 魔法使いは、生まれた時から魔法を使える人と、ある日突然使えるようになる人がいる。


 どこの国でも魔法使いの人数はごく少数で、とても希少な人材となるのだけど、ニアの場合は侯爵令嬢だったからしばらくはそれを生かす場がなかった。


 少なくとも、魔法が使えるようになった13歳から16歳頃までは普通に学園生活を送っていたと思う。多分。


 今はもちろんニアは魔法を使えないし、まさかまたニアが溺れるような状況を作るわけにはいかない。


 オスカーとニアが一緒になれる未来を考えるのなら、むしろニアは魔法使いにならない方がいいんじゃないかな。


 そんなことを思いながら、キラキラと光る湖面を眺めていた。


 そうそう。


 この湖に私がニアの何かを描いていた紙を飛ばしてしまって、ニアが手を伸ばしたところで……


 と思い返していたところで、バサっと何かが突然背後から覆い被さってきて、その勢いに押されて体が前のめりに傾いた。


 かと思うと、傾斜部分で足がもつれて踏ん張れなくて、トトッと数歩足が動くともうそこには地面が無くて、ドボンと冷たい水の中に落ちていた。


 あっ、と思った時にはすでに冷たく重い水が私の体に纏わりついていた。


 溺れる状況を作るわけにはいかないと言ったそばから、今度は自分が溺れる羽目になろうとは。


 苦しい


 大きな布のようなものが水面に広がって貼り付いているせいで、顔を出せなくて息ができない。


 だから、必死に手足を動かしても私の体は水中から抜け出すことはできなかった。


 口からガボガボと空気が漏れていき、酸素を求めて開けば水が口に入ってくるだけだ。


 ダメっ


 まさかここで死ぬのかと、こんな死に方は嫌だと、声にならない叫び声を吐き出した時、不意に体が軽くなって、さらに木から落ちた時と同じような浮遊感を覚えた直後に、背中と後頭部に衝撃を受けて、光を浴びて、そして呆然と晴れ渡った空を見上げていた。


 湖面が円柱のように割れて、水の壁が私の周囲にそびえ立っていたのだ。


 その光景が信じられなかった。


 ちょっと待って、これって、ニアが溺れた時に起きた現象と同じじゃない。


 違うのは、ここにニアがいなくて、コレを生じさせたのは私だってことで……


 湖の底で仰向けになっていると、お腹の上でビチビチと魚が跳ねている。


 体は濡れて寒いのに、胸がとてつもなく熱く感じて、さらに初めて生まれた何かがどんどんと身体中を巡っているのも感じていた。


 いや、私が魔法使いになりたいと願ったことなんかないのに、これってそういうことなの!?


 上体を起こして、混乱から回復できずにさっきまで自分が立っていた場所を見上げると、そこには、二人の男子学生の姿があって、一人は驚いた様子で私を見下ろしていた。


 でももう一人は、殺意を抱いていると思わせるくらいに何故か私を睨みつけていて……


 もちろん、その理由なんかわからない。


 睨んでいるその人は、絹糸のような髪に、目の色は珍しい薄紫色で特徴的な容姿をしているのが見えた。


 会った記憶は無い。


 時間が戻る前も同じだ。


 わりと悲惨な目に遭ってしまっているのは私なのに、どうして睨まれているのかわからなくて、ただただ二人の人物を見上げるしかなかった。


 ペタンと座り込んでいる自分の膝の前には、自国の濡れた国旗が落ちている。


 これが私が溺れた原因なんじゃないかな。


 なんてことを、考えている場合ではなかった。


 私は、結果的にこの場に居合わせた二人の男子学生に救われることになった。


 無意識に使った魔法を自分の意思でコントロールできるわけもなく、水の壁が崩れて再び湖で溺れかけた私は、二人に引き上げられることになった。


 地面の上で膝をついてゲホゲホと水を吐き出していると、


「いったい、何が起きたんだ…………」


 すぐそばからそんな呟きが聞こえた。


 それを言った人が誰なのかは覚えていた。


 この国の第二王子、イレール殿下だ。


 私の三つ上の学年だったと思う。


「こちらの女生徒が魔法使いとして覚醒した瞬間に、殿下は居合わせてしまったようです」


 私を睨みつけていた人が、今は穏やかな表情と声で、でもため息混じりに説明していた。


「殿下が飛ばしてしまった国旗が彼女の背中にかぶさり、その勢いのせいで湖に落ちてしまっていました。彼女は溺れ、死と隣り合わせの状況に陥ったせいで彼女の魔力を刺激したようです」


「…………すまない」


 王子殿下はあやうく殺人者になるところだったようで、それで思わず謝罪しなければならなくなったようだった。


 殿下がすぐそばに膝をついて座っていたものだから、私の目の前で頭が下げられて、艶のある黒髪が綺麗に見えていた。


 私もまさか国旗に殺されかけるとは思わなかった。


 顔が上げられて、今度は真摯な様子の灰色の瞳が向けられると、さらに状況の説明が加えられていた。


「剣術大会で使用する国旗を運んでいる途中に思わぬ突風を受けてしまって、それで、国旗が君の方に飛んでしまった。君はディエム侯爵家の令嬢で、ルーファスの妹だったね。どこか、体の不調はないか?すぐに医務室に行こう。それから、正式な謝罪は後日、君の家まで直接伺うよ」


「王子殿下にそこまでしてもらわなくてもと思いますが……必要なことなのですよね?」


 私個人としてはそこまでする必要はないと思うけど、家同士のことを考えればちゃんとした謝罪はしなければならないのだろう。


「君の寛大な心は有難いけど、私の立場もあるから受け入れて欲しい。申し訳ない。加害者側の私が要請しているのだから」


「いえ……」


 それよりも、殿下の後方でずっとこっちを睨んでいる人の方をどうにかして欲しいと思っていた。


「殿下、失礼でなければ、あちらの方はどなたでしょうか。助けてもらったお礼を言いたいのですが……」


「ああ、彼はベラクール公爵家のレアンドル。私の一つ下の学年ではあるけど、色々とサポートしてもらっているんだ」


 ベラクール公爵家はとても王家に近しい家だけど、でも、レアンドルのことは記憶に無い。


 だから、やっぱり睨まれている理由がわからなかった。


「助けていただき、ありがとうございました」


 そのレアンドルに向けてお礼を伝えてはみたけど、イレール王子に視線を向けられたから睨むのをやめただけで、


「僕にも責任の一端はあるので、どうか気にしないでください」


 とても丁寧に、上辺だけの言葉を返されただった。






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