第10話 (5) 小さな世界の中心が自分だった
そろそろドレスが出来上がる頃だから楽しみだねって、ニアに話しかけたのはパーティーの五日前の事で、本来ならもうちょっと余裕を持ってドレスを受け取りたかったけど、実際にドレスが届けられたのはパーティーの前日だった。
庭で一人でいる時に、仕立て屋がドレスを届けに来たと聞いたから急いで自室に行くと、ドレスは一式が揃えて置かれていた。
ニアももう着ている頃かなと思いながら、それを試着した。
うん。
ピッタリだ。
ちょっと子供っぽいかなとは思うけど、今の私は子供なのだからこのデザインでいいはず。
ニアも同じように、自分の部屋の鏡の前でこんな風に試着しているかもしれない。
見せ合いたいけど汚れても嫌だから、夕食の時にどうだったか感想を聞こうと思っていたのに、夕食の席にニアの姿はなかった。
楽しみにしすぎて具合が悪くなったのかと心配しても、お母様は気にしなくていいと素っ気ない態度だし。
ニアの部屋の前まで行って声をかけても、扉の向こうからは何の応答もなかった。
その理由を、パーティー当日に知る事になった。
私達の誕生日パーティー当日。
ニアの姿を見て、言葉を失っていた。
「ニア……何で……ドレスは?」
暗い表情で俯いているニアが着ているのは、何度も見た事がある濃紺のドレスだった。
ニアはわずかに首を振ると、そのまま唇をキュッと結んで押し黙っていた。
何か言葉を発したら涙がこぼれそうで、それを一生懸命に耐えている様子だった。
「何で……私、お母様のところに行ってくる!」
メイドが制止するのも振り切って、すぐさまお母様に詰め寄っていた。
「ニアのドレスが無いって、どういうことよ!」
「予算が無かったのよ」
お母様は、顔色も変えずにそれを言った。
うちって、この時点でもう借金か何かあるって言うの?
「じゃあ、どうして私のドレスはあるの!?」
「貴女には必要だからよ」
「ニアにだって必要だよ!」
これでは、期待させるだけ期待させて、持ち上げるだけ持ち上げて、一番残酷な方法でニアを傷付けた。
「貴女だって、ニアが不釣り合いなドレスを着るのは好ましく思ってなかったでしょ。貴女をより美しく見せる為に、ニアにはいつも暗い色を勧めていたくらいなのだから」
「そんなことは!」
抗議の声をあげようとすると、私の後方にお母様の視線が向けられたから振り向くと、扉の隙間からこちらを見ているニアの姿があった。
「ニア!誤解だから!本当に、私は何も……」
ニアの瞳には涙が滲んでいた。
「もう……私のことは気にしないで……私が何を着ても似合わないのは本当なのだから……」
それだけ言うと、ニアはすぐに自分の部屋の方へと去って行った。
「さぁ、行くわよ。お客様が会場で待っているから。早く主役の貴女が挨拶をしに行かないと」
来客者をこれ以上待たせるのも、侯爵家にとっては良くないことではあるけど、ニアの事が気になって仕方がなかった。
「お母様。私、ニアの所に行って来るから、少しだけ待って」
「そんな時間はないわ」
「お母様!」
有無を言わせずに腕を掴まれて、引き摺るように会場に連れて行かれ大勢の前に立たされてしまえば、私の自由になる時間はそれからは無かった。
誕生日パーティー。
双子なのだから、今日はニアも主役のはずだったのに……
結局ニアは、あのまま濃紺のドレスを着ていた。
どこにでも着ていけるから、何度も着回しているドレスを。
そして、人前には出ずに隅っこの方で俯いていたのを、遠くから時々眺めるしかなかった。
そう言えば、私がこうやってみんなに囲まれている間、ニアがどんな風に過ごしていたかなんて、前の時は知らない。
ほんの少し目を離している間に見失っていたニアを探すと、テラスに出て行く姿を見つけた。
あそこのテラスは庭へと続く階段がある。
いつもああやって、人のいないところで過ごしていたのね。
と思ったら、オスカーが誰にも気付かれずに、ニアを追うように外へと出ていった。
オスカーは、この頃から端正な顔にもかかわらず人を寄せ付けない雰囲気があるから、一人でいることが多い。
私はニアを探していたからみつけたわけで、あの二人はこんな機会を利用して会っていたのね。
何だか、知れば知るほどため息が出る。
ほんの少しニアに意識を向けるだけで、たくさんのことがわかるのに、私は今まで知ろうともしなかった。
あの子は私と比べられてばかりで、可哀想な子なんだと思っていた。
そんな状況を作っていたのは私のせいで、今日だって、ニアだけが悲しい思いをしてる。
今、私ができることは、ここに注目を集めてニア達が過ごしやすくするだけだ。
ニアのことを、オスカーが慰めてくれればいいけど。
それを思えば、私なんかの出る幕はなさそうだ。
結局、パーティーが始まってから終わるまで、一度もニアとは話せなかった。
その日だけでなく、それからもニアは私を避け続けて、誤解されたまま、学園生活が始まっても私とニアはすれ違ってばかりだった。
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