第3話 宏敏さんと会う

 ヴェルナー・ロンメルという平民の画家志望の美青年で髪は白く蒼い瞳の病弱だった。あたしの推しで若い頃に死んじまった夫の宏敏さんが転生した人。


 会いたい…。


 結局あたしは皆が飽きるまで石を投げられてしまった。


「あいたたた…」

 悪役令嬢になるってのも大変だね。

 あちこち擦り傷に打撲。あーあ、折角の美人が台無しだよ!執事のレビルドも先に帰っちまったようだ。


 あたしはとりあえず医務室に寄った。先生はおらず仕方ないので自分で処置をする。


「いたたた…。染みる…」

 とにかく…後ひと月であたしは修道院へ行く…。それまでに何としても宏敏さんに会おう。向こうはこっちの事を覚えちゃいないけど、それでもいいんだ。


 薬箱を閉じた時…物音がした!


「ん?誰かいるのかい!?」

 てカーテンの向こうの気配を察し恐る恐るカーテンを開けてみると…


 何とそこには推しのヴェルナー様…宏敏さんがいて起き上がりこっちを見た。


 あ…ああ…宏敏さん!!

 やっと会えた!


 と感動しているあたしに


「……貴方は…悪名高いアイリーン・ベル・フェルゴール侯爵令嬢!?」

 と青ざめて言う。


「悪名高い…」


「はっ!…もも申し訳ありま…せ…ゴホッゴホッ!」

 と咳き込んだ。


「!大丈夫かい?あんた…病弱なんだから無理しちゃあいけないよ!」

 と咳止めの薬を探して渡す。


「か、勝手に医務室のものをいじったら先生に叱られます…」

 と言う。


「硬い事言ってんじゃないよ!そんなもんあたしが叱られとくさ!ほら」

 と強引に薬を渡すと


「ひぃっ…」

 と小さく悲鳴をあげつつも受け取った。そんなにあたし怖いのかねぇ?でも宏敏さんに会えたし良かったよ。


「な、何であちこち怪我をしてるんですか?」

 とボソボソ聞かれた。


「ああ、これかい?ちょっと断罪されちまってね。あたしも嫌われたもんだよ。皆から小石やゴミを投げられてね。この様さ。情けないだろ?はは!」

 と笑うと眉を顰め


「断罪?」

 と不思議な顔をしたから


「…あたしがシャーリィ・ロンドさんに散々意地悪してたしちょいと彼女が階段から落ちてしまってね。あたしが落としたようなもんだから助けた婚約者のエルムート・ディー・アスマランド殿下にとうとうさっき皆前で婚約破棄されてひと月後にフロングレスト修道院に追放されることになったんだ」

 と言うと口に手を当て宏敏さんが


「ひ!フロングレスト修道院!?あ、あそこ北の監獄とも言われる恐ろしい場所だって…」


「こればかりはどうしようもないね。王太子命令だ。と言う事であたしの人生は後ひと月後に終わるようなものだよ。あそこに入れられたら人生の墓場と同じ様なものさ」

 と言うと宏敏さんは


「それは…ご愁傷様です……」

 と言った。

 ええ!?てっきり同情ぐらいしてくれるもんかと思ってたのに!

 いや…あたしの立場は悪役令嬢だ。本来なら宏敏さんの魂はあたしがヒロインとして生まれ変わって来るのを待っているからあたしがここにいるなんて思っちゃいない!!


 ……そんなの悲しい。あたしは後ひと月しか時間がないんだ…。


「あ、あの…ヴェルナー・ロンメルさん」

 と言うとまた青ざめて


「ひっ!な、何故僕の名を!?」

 と怖がられた!これじゃあたしがストーカーみたいだね。


「ええと…じ、実はあたし、前からあんたのことが好きだったのさ!!」

 と推しで魂は宏敏さんだから間違ってはいない告白をした。


「は!?しょ、初対面なのに?そ、それに貴方は殿下の婚約者でシャーリィ・ロンドさんに嫌がらせをするくらい嫉妬していたのにおかしくないですか?」

 と言われる。ぐう!正論。


「い、いやね…。それはほら親の決めた婚約者だからね。破棄されるといろいろとほら立場がね…」

 と侯爵家の事情があると言うととりあえず納得した。


「まぁ、もう破棄されちまったけどね…。でもあんたの事好きなのは本当さ!!」

 と言うと宏敏さんはやはり眉を顰めた。


「な、何で僕なんか…僕は不治の病でどの道長く生きられないってのに…」

 と言う。そういやそうだ!ヒロインがヴェルナーの薬を作り治して結ばれるルートがあるんたから。


「そ、そんなのあたしがひと月後までに必ず治してみせるよ!!だからあたしと付き合ってほしいんだ!…ああ、恋人だよ!あたしあんたの子供がほしいんだよ!」

 と言うといきなりゴホゴホ咳き込み赤くなる。


「なっ、何なんですか!?いきなり!!殿下に振られておかしくなったのですか!?ここ子供なんて馬鹿な事!」

 と言う宏敏さんに


「フロングレスト修道院に行ったら…あたしの初めては…知らない奴等に奪われちまうね…。そして狂った修道女として生涯を終えるだろう。子供は言い過ぎだったから諦めるよ。


 譲歩してキスとかどうだい!?」

 と言ってみるとこれまた赤くなり


「な、何を!やっぱり変な方だ!ゴホッ…」


「別に変なことじゃあないよ?あたしなりの終活さ!」


「は?シュウカツ!?何ですかそれ?」

 と不思議そうな顔をするので説明してやった。


「残り少ない余生で後悔しない様に終わるための準備をする活動…つまり終活だよ。そうさね、普通は遺産整理とか自分の入る墓の準備とかを生前にしておくものなんだ」

 と言うと宏敏さんが


「はあ?遺産整理や墓?何で生前に!?それにそんなのお身内が死んだ後にやることで…あっ、失礼しました」

 と言うから


「あたしが死んでも誰も悲しまないよ。嫌われ者だしね。あたしはとにかくできる事をやってからフロングレスト修道院に行くよ。だからあんたまであたしを嫌わないでほし…」

 と言った時にガチャッと医務室の扉が開き…そこにヒロイン、シャーリィが立っていた!!


「……ごめんなさい、いきなりお話が聞こえて…。何なんですか?アイリーン様!勝手です!!エルムート殿下にフラれた腹いせに今度は上手いこと言ってヴェルナーさんを誑かそうとしてるんですか!?」

 と怒って言う。あんたに怒られる筋合いは無いと言いたい。


「おや、シャーリィさん。なんなんだい?急に。あんたはエルムート殿下とイチャイチャしていればいいじゃ無いか?」

 と言うと


「私はただの平民だし王家に認められるわけありませんから!!


 ヴェルナーさん!安心してください!私が薬を作って差し上げます!!」

 と言い出した!なんだこの娘!エルムート殿下のことが好きなんじゃなかったのかい!?さっきあんなに殿下の陰に隠れて怯えたような顔をして守られていたのに…


 まさかこいつ…


「全ルート攻略を目指しているのかい!?」

 とボソっと呟いた。

 そこで宏敏さんが嬉しそうにシャーリィにお礼を言った。


「シャーリィさん!!ありがとう!僕の為に薬を…」

 と言うからあたしは流石に割って入る!


「ちょっと待った!!あたしが作るって言ってんだろ!?大体あんたにはエルムート殿下がいるじゃないか!さっきあたしを皆の笑い者にしといて…どう言うつもりだい!?」


「私はただ…ヴェルナーさんの身体のことを思ってるだけです!それが悪いことですか!?」


「そうだよ!シャーリィさんは僕の事を心配してるんだ!」

 と宏敏さんが睨んだ。胸が痛む。それはあたしじゃ無いのに…。


「でも…絶対あたしのが先に作ってやる!!小娘なんかに負けやしないよ!!」

 とあたしはまさに悪役令嬢の如く指差してシャーリィさんと睨み合った。

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