三幡姫遷化(さんまんひめせんげ)

fujimiya(藤宮彩貴)

序章 鎌倉殿の御落馬

「鎌倉殿、御落馬にて御危篤」


 その不穏な報せは、鎌倉を震撼させた。


 みだりに噂を流さないように触れは出たが、鎌倉殿……征夷大将軍・源頼朝みなもとのよりとも御危篤の報は、火がついたように鎌倉じゅうに広がった。


 まさか、武家の頭領が落馬など、あってはならないことだ。情けない生き恥である。これは、たちの悪い作り話か陰謀ではないか。誰もがそう思ったけれど、正面切って反論する者は皆無だった。


 けれど、しののめは違った。知らせを聞いた途端、床に倒れ込んだ。一女房に過ぎないしののめだが、すぐに悟った。


 ああ、あの子の仕業かもしれない。


 あの子の狙いは、これだったのか。しののめは大きく息を吐き、天を仰いだ。冬の、悲しいほどに澄み突き抜けた、目にしみるような青い空を。


『あいつには、武士としてもっとも無様な姿を』


 最後にあの子はそう言い残して去った。冷笑さえ浮かべていた。

 命を賭してでも、止めたかった。けれど、止められなかった。しののめは悔んだ。唇を噛み締め、血が滲むほどに。


 あのときに、戻れるのならば。しののめはそっと静かに双の眼を閉じ、両手を合わせて祈った。どうか、この予感が間違いでありますように、と。


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