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 この映画の出演が決った時には、そのシーンの撮影には、北九州市内に有る古い建物が使われる予定だった。

 石炭で財を築いた富豪が明治時代に作った洋館……しかし、どうも監督のイメージに合わなかったらしく、その後もロケハンが続けられていたそうだ。

 結局、北九州から南に約一〇〇㎞、柳川に有る普段は喫茶店として使われている古民家で撮影が行なわれる事になった。

「どっちが良かったかな……?」

「外国でイメージする『日本の旧家』はこっちだと思いますけど……でも、俺からすると安易っちゃあ、安易ですね」

 主演の前田君と現場を見ながら、そんな話をする。

 しかし、日本にも、まだ、こんな場所が残っていたのか……。

 福岡市と熊本市。2つの政令指定都市の中間あたりの場所に、妙に昔風の風景が有る。

 二〇はたちぐらいの齢に俳優を目指して故郷を出てから、ほぼ、東京とその近辺で生活し続けていた俺にとっては新鮮な眺めだった。

 安易と言えば安易だが……たしかに、外国でイメージされる「日本」の風景は、こんな感じかも知れない。

「柳川鍋は、この辺りの名物なんだっけ?」

「どうも違うみたいですね……」

「そうなのか……」

「話変りますけど……この辺りの人からしたら、ツッコミ所満載になりそうですね……。十年ぐらい前のアメコミ映画であった秋葉原から高田馬場まで歩きなのに数分で移動みたいな……」

「そんなのが有ったのか……」

 まぁ、言われてみればそうだ。

 主人公を助けた者達の屋敷は、この柳川。

 その翌日から主人公が行なう特訓の舞台は熊本の阿蘇。

 そして、主人公が一度は敗北した黒炎龍鬼との再戦の場は久留米の水天宮。

 だが……。

 あと何年生きられるか判らない人生の終わり頃に……思いがけない旅行をする事になった。

 悪くはない冥土の土産かも知れない。

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