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「これ、五十嵐ちゃんの本?」

 劇場で次の公演の準備を行ないながら、若手の裏方達に、事故が起きにくい作業手順を説明し、一休みしていると、ウチの劇団の中でもかなりの古株である森嗣もりつぐがそう言った。

 俺よりも、いくつか上。

 貫禄のある悪役を演じる事が多い。

「そうだけど……?」

「『首都圏壊滅』の森実って、こんな小説書いてたっけ?」

「え……? いや、この作者……」

「それに、何で、森実の小説なのに……著者名が昔のペンネームなんだろ?」

「ちょっと待って……?」

「知らなかったの?……って、知ってる奴の方が少数派か……。たしか、小説の新人賞に投稿した時に使ったペンネームが『小松左京』だった筈だよ。あと、この出版社、何?」

 森嗣は、俺が読んでいる途中だった文庫本をめくりながら訊いた。

「えっ?」

「『角川春樹事務所』って、どう云う事だろ? 角川の元社長の春樹さん、出版関係の別会社なんか作ってたっけ?」

「あのさ……その……森実が新人賞に応募した作品って……何てタイトルか判る?」

「ええっと……たしか……『地には平和を』。……ああ、本屋で探す気だったら、短編なんで、短編集に入ってると思う」

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