第一章:鬼龍トルネード
(1)
「また、君か?」
舞台の仕事を終えて、関係者用の出入口から出ると、そいつが居た。
「すいません」
四十か……ひょっとしたら五十になっているかも知れない、短めの髪をオレンジ色に染めた小太りの男。
更に髭にサングラス。
一見すると……チンピラだ。
しかも、以前、渡された名刺に書かれていた住所は新宿歌舞伎町だった。仕事場か自宅かは不明だが。
現実じゃなくて、芝居の登場人物だったら「ありがち過ぎるので、もう少し捻りを入れろ」とアドバイスするだろう。
だが、良く良く見れば……その男は……気が弱く人が良さそうな童顔。
おそらくは、このチンピラ風の外見も、五十年前に俺が被っていたのと同じ「仮面」なのだろう。
「ノーコメントだ。着ぐるみの中に入ってた人物については……良く覚えてない」
「ですが……」
五十年前に特撮番組「鬼面ソルジャーズ」に出演して以降、TVにも映画にも、ほとんど出ていない。
ずっと主に舞台での仕事で……ある時期以降は、裏方に回る事が多くなった。
俺が出演していた番組のファンらしき人物や、「鬼面ソルジャーズ」関係の特別番組への出演を依頼しに来たTV局の人間が、客席に居る事も有ったが……こいつは違った。
名刺に書いてあった肩書は「フリーライター」。
あまりにしつこいので……職場の若手に頼んでネットで調べてもらったら……。
俺は、その男を何とか撒いて、馴染の喫茶店に入った。
「いらっしゃい」
「いつもの」
俺より少し齢下ぐらいのマスター。
多分だが……若い客ばかりのチェーン店のコーヒーの方が美味いのだろう。
流れてるのは古いジャズ……二十年以上……下手したら三十年ぐらい通って、ようやく理解出来たのは、ここのマスターの選曲のセンスを一言で言い表すなら「半可通」だって事だ。
もう、いい齢の俺が仕事を引退する前に、俺より若いマスターがこの店をやめるだろう。
今時、スマホ用の電源が使える席は
運ばれてきたコーヒーは……素人目にも……と言うか素人鼻にも「香り高い」と言い難いのが判る代物。
例の伝染病もあって、店には閑古鳥が鳴いている。
それでも……もしくは、それだからこそ時間を潰すには向いている。
二十年近く使い続けた鞄から、例の「フリーライター」の著書を取り出した。
タイトルだけで判った。
マズい……。あの男は……五十年前に死んだ俺の親友の秘密に辿り着くかも知れない。
だが……。
迷っていた。
あの時の関係者は、若くても、俺ぐらいの齢になっている。
誰かが……後世に伝えるべきではないのか?
そう思いながらも、頭に浮かぶのは、あの「フリーライター」の胡散臭い外見。
この重い話を後世に使える役目を負わせるのに、ふさわしいようには思えない。
ともかく、俺は、あの男の著書を開く。
それは、俺が一九六〇年代には一世を風靡していたが、俺が「正義の味方」だった頃から人気が廃れ始め……今では忘れ去られたある格闘技に関するものだった。
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