日没する処の天使たち

伊島糸雨

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 存在しない魚が泳ぐ。生まれたばかりの子供を連れて。

 落日の色が彼らを照らしている。波打つ構造のあわいを抜けて、槽を貫き鱗に滲む。私はそれを覗き込み、眩い光に目を細める。防護ガラスは光を散らし、薄暗い室内を斑らに染める。

 魚に名前はなく、生まれ落ちた意味もきっと知らない。彼らは泳ぎ、近寄るとすぐに逃げていく。彼らは確かに生きており、ダイヤルを回すといなくなる。彼らは現前する幻で、機構が生み出すひとときの夢だ。私が呪うように存在し、私が祈るように消失する。だから、私は彼らを愛している。夢が私を愛する限り。

 たった一度の喪失と、たった一つの殺人と、たった一人の自死があった。

 それらすべての連鎖の果てがここにあり、直接と間接の隔たりを引き裂いた実感が、私を今に縫い付けている。永遠の黄昏、終わり続ける真昼の残光が、虚ろな日々を照らし出す。そしていつか、心を語るために創出される有限無形の技術たちが、私を現実へと引き戻すだろう。これは目覚めの時が訪れるまでの束の間の安穏であり、まさしく天使たちに祝福された不在の夢として定義される。

 私を生み出すものは、次のように説明される。

 暗黙のうちに宿る曖昧な言葉、語り継がれる病の種子、非実在性の実体、空想を強いられる無我の形質。

 混成訛語クレオール伝承性精神病質ジェナテマ現子メタリアル擬似脳パラブレイン

 語られることのない呪いが、魂を凍らせる。冷たく、遠く、深い場所へ、流した血潮は動きを止めて、斜陽の中で曼荼羅を編む。延びる鮮やかな紅が現実の皮膚へと絡みつき、引き裂かれた虚妄として芳しく花開く。

 現実が許容を超えた時、私は生起し、あなたに宿る。病が消えるその時まで、私が滅びることはない。

 私はいつかの終末を望まない。願わくは、幸福も悲しみもない、ささやかな日々を、永遠に。

 ひび割れるように、槽が凍りつく。

 幻の魚たちは動きを止める。悲鳴はどこにも届かないまま。

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