第五話

 数日もの間、私は起き上がる事も出来ず、クロノさんのベッドを占領してしまい、本当にご迷惑を掛けてしまいました。


 クロノさんはベッドに近付けたソファーでお休みになられます、うふふ、かくんっってなりました。


 私のためにお疲れなのです、ゆっくり横になって貰いたいのですが、体はまだ痺れが取れずこの有り様です。


 早く治れば良いのですが。


 血が足りないため、久しぶりにお肉を頂きました、上手く噛みきる事が出来なかったので、クロノさんは小さく切り少しずつ口に運んでくれました。


 細くしなやかな指でもつフォーク、でも男性の指なのですね、力強さも感じる事ができます、その指に私の指を絡め、お外を一緒にお散歩、夢ですね。





 夢の様な数日でしたが、この数日を糧に、あの方達にむくいるその時まで頑張る事の力に変えて、今日からは学院に行きましょう。


 そうする事で、私のお世話で動けなかったクロノさんが、動く事が出来るのですから。


「では、行ってまいります」


「はい、レアーお嬢様、ポーションは鞄にお忘れ無く有りますか?」


 私は手提げの鞄を開き、中をもう一度確認いたします。


 大丈夫ですね、クロノさんがお作りになるポーション、五本確かに入っております。


「この通り入っております、いつもポーションありがとうございます」


「いえ、本来なら使わなくても良い物なのですが、レアーお嬢様、必要な時は必ず躊躇ちゅうちょ無くお使い下さい」


「はい、心得ております。では帰りもよろしくお願いいたします」


「はっ、お昼にお迎えに参ります」


 このまま帰りたい気持ちを、心の奥にし舞い込み、教室を目指します。


 二度目ですが、道が分かりませんので、一度職員室前まで行き、そこからなら道が分かりますのでなんとか教室にたどり着きました。


 教室に入り、私の席に向かいます。


 席に着き間を置かずメリアスが私のもとにやって来てくれました。


「レアー、あなた大丈夫? あの日、ローグガオナーに連れていかれた後戻ってこないし、学院は休んでいたから心配したのよ」


 嬉しい。


 こんな私を、登校初日、あの時間だけしか顔を合わせる事も無く、話も少ししかしてませんでしたのに。


 そして声を出し掛けて思い出しました。


 喋る事を禁じられています。


 私は鞄から紙とペンを取り出し、筆談にします。


 ◇◇◇◇◇◇

 メリアス、おはようございます。

 ご心配をおかけして、申し訳ありません。

 ◇◇◇◇◇◇


「声、出せないの? 無理して学院に来ないで、ちゃんと治してから来ても良かったのに」


 メリアスは、苦笑いをしながらも、安心したようです。


 ◇◇◇◇◇◇

 はい、喋る事を禁じられていますので、ごめんなさい。

 ◇◇◇◇◇◇


「そっか、お医者さんに言われてるなら仕方がないよね、あっ、殿下が来ちゃった、席に戻って跪かなきゃ!」


 お医者様ではないのですが、それを伝えることは出来ませんでした。


 いえ、伝えなくて良かったのかもしれませんね、もしケルド殿下に私がその事をメリアスに伝えたと知られた時は、平民であるメリアスがどうなってしまうのか想像しただけで震えが来てしまいます。


 メリアスは自身の席の近くに戻り、教室に入ってきたケルド殿下に跪き頭を垂れます。


 私も、跪き頭を垂れ、床に視線を落とします。


 足跡が近づいてきて私の前で止まりました。


 そして、机の上の紙をクシャと握りつぶす音が聞こえました。


「レアー! 喋る事も筆談も禁止だ! ローグガオナー! こいつを連れ着いてこい!」


「はっ! レアー! さっさと立て! ぐずぐずするな!」


 ああ、また。


 ······


 学院の馬車乗り場にたどり着きました、まだクロノさんは来ていらっしゃらない様ですね。


 はしたない事ですが、足を投げ出し木にもたれ待つことにいたしましょう。


「リスさん、この学院にもおりますのね、少しお待ち下さいませ、パンを持っていますのよ」


 鞄に避難させてあったパンを包んだハンカチを取り出し、小さく砕き手の上に乗せ手のひらを開きます。


 手の高さを少し低くしてリスさんの目線まで下げてあげます。


 リスさんは匂いで分かったのか、後ろ足で立ち上がりキョロキョロして私の手の上にパンがあるのを見付けてくれました。


 私の手に乗りスンスンとパンの匂いをいで小さなお手々でパンの欠片を持ち上げ食べて行きます。


 するとどこからか別のリスさんがやって来ました。


 うふふ、少し多目に持ってきましたから、取り合いはいけませんよ。


「レアーお嬢様、お迎えに来ましたが、もう少しリス達と遊びたわむれますか? また血が着いていますので、早急に休んで貰いたいのですが」


「クロノさん、もう少しでパンが無くなりますので、少しお待ち下さい、ほらほら喧嘩しないで下さい、仲良くはんぶんこですわよ、うふふ」


「ふふっ、そうですね、この学院にも動物がいて良かったですね、それと、新たな犯罪の資料が見つかりました、そこから紐付けて行けば」


「ケルド殿下が、“テロ” と言う言葉を、それをローグガオナー先生が慌てて止めておりました」


「テロ! それを本当に計画していたなら、確実に! 分かりました、少し範囲を広げ調べてみます」


 クロノさんは真剣な顔で考え込んでいます、そのお顔も。


 私の聞いてきたことは役に立ちそうでしょうか。


 リス達は私の手を綺麗にして近くにあった木に登って行きました。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 三年の月日が過ぎ去り、後一歩のところまで来ています。


 屋敷に着く前に私はまた気を失っていた様で、気が付いた時にはまたクロノさんのベッドを占領してしまいました。


「レアーお嬢様、お気付きになられましたね、明日からは夏季のお休みに入り、当主様、奥様、ペルセフォネ様も一月ひとつきほど屋敷を開けます、そこにケルド殿下も同じ日程で外遊に出るとの事です、巡る先はどこも改革派、王兄派と言った方が良いでしょうか、後数年でテロが起こり得る状況となり足場固めの意味合いが有る様に思われます」


「昨今、王都に集まり、別邸で私兵ならぬ使用人としてお住まいの屈強そうな方々はまだ集まり続けている様子、近衛の数は既に超え、王城を護る兵達の数に並んだとお聞きしました、それが後数年で三倍以上になるなど可能なのでしょうか」


 盗み見たと言う計画書には走り書きにそう書き記し、下線を引き強調されておりましたし。


 クロノさんは考え込むこともせず、真剣な顔で即答いたしました。


「可能でしょうね、この三年で王都に構えた別邸ですが、そこの工事に携わった者に聞いた話と、屋敷の図面を手に入れたのですが、地下、その別邸の地下に土魔法を使った大規模な居住空間が作られ、さらに王都に王都外から地下を通り出入り出来る隠し通路が完成する見込みです」


 そんな物が作られたなら王都に入る際の審査を抜け、今まで以上の早さで人が集まってしまいます、そうなれば王城を占拠する事が早まってしまいましょう。


「クロノさん、今の証拠では足りないのですか?」


「難しいでしょうね、男爵、あるいは子爵程度なら断絶は確実でしょう伯爵や侯爵でも功績が低いものなら、ですが公爵は王族、それも現王の兄と言う立場からすれば、降爵こうしゃくが成されるかどうか、奪爵だっしゃく、お取り潰しが成されるにはまだ、テロが起こされる日、首謀者のサイン入り、参加者のリスト等が記された物が見付かれば」


 そうなのですね、公爵という事が私達の計画の壁ですものね、慎重にそして着実に事を進めて行くしか選りませんわね。


「それに現王位継承権一位のケルド殿下に関しては、伯爵様が証言をされるかもしれません、殿下に苦言を投げ掛け道を正そうとしている現王とご学友でもあり、伯爵位ですが発言権もお強い方なので、近々面談を出来る手筈です。この夏休みに引きこもりのプシュケ師匠がおいでになりますから、お酒をご用意しなくてはなりませんね」


 まあ、その様な伯爵様がいらっしゃるのね、ここしばらくおとなしかったのは伯爵様のお蔭でしょうか、今日は半月ぶりの呼び出しでありましたから。


「まあ♪ 私は昨年の夏にお会いした後会っていませんから楽しみですわ、何かおもてなしをいたしましょうか♪」


「はい、盛大にもてなしましょう」






 

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