私が見た世界はこんなにも汚い

きむこ(人間)

第0話

 震える。

 鼻の穴がつまり、涎が出る。喉と口が焼けるような熱さを感じ、あふれる唾を飲み込むこともできない。

 苦しさに涙が溢れ視界が霞む。胃袋を鷲掴みにされて、喉奥をついて出る。

「う……おぁ……ぅごえ……」

 アスファルトに落ちて弾ける液体は、黒い地面をわずかに緑色に染めていた。

「げあ……苦ぇ……。」

 胆汁の混じった胃液は喉奥に絡まり口の中に広がっていた。

 光の届かない街頭の影、ゴミと吐瀉物の混じった臭いが立ち込める、湿った空気の路地裏。うるさく回るだけの室外機。

 その上に置いたペットボトルに手を伸ばすと、喉を休めるべく少ない中身で潤す。

 ひりつく喉を咳払いでごまかしながら、涙と口周りを拭って、曇った窓ガラスに映る顔を少しはマシにする。無様な姿は誰にとっても、これから何に会うとしても、目に毒だ。

 だらしなく垂れたワイシャツの裾はズボンの中へ。襟はシワの無いよう丁寧に折り曲げる。

 ジャケットを羽織り、また咳払いをしたところで、暗闇から吐き気の原因が声を上げる。

「もういいのか?まだ吐き足りないだろう。今のうちに全部出しておいたほうが良いぞ。」

「いや、もうこれ以上はご勘弁願いたいね。」

「後悔するぞ。」

「胃液が緑になるまで出したんだ、これ以上何が出るって言うんだ。」

「初めてのやつはそう言って毎回後悔してるがな。」

 暗闇で目だけが怪しく光る。視線はペットボトルに向いていた。

「まあ出ないと言うなら無理に出せとは言わんがね。」

 実際はひどい二日酔いのように、天地が入れ替わるように吐き気が続いている。しばらく吐き気は収まりそうにないが、出せるものはもう無いと身体が言っていた。

「俺にとって時間は有限だ。お前みたいに無限なんて便利なもんじゃない。」

そう言って視線でドアを指し、行くぞ、と合図をする。

ぬるりと、自分の影に何かが入り込む感触と、増える吐き気を感じながら、錆びついたドアノブを音を立てて回し開ける。

眼前には外の薄暗さとは似ても似つかない暗闇が広がっていた。

覚悟を決めて足を踏み出し――


――そのまま深い闇の中へ落下していった。

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