霊仙三蔵は陰陽師となる

大寿見真鳳

第1話 霊仙三蔵法師の最後

827年、唐の国。唐の奥地にある仏教の聖地五台山。多くの仏教寺院のうちのひとつ霊境寺で1人の日本人僧の命の火が消えようとしていた。

日本人僧の名は霊仙りょうせん。人々は霊仙三蔵と呼ぶ。歴史上唯一の日本人の三蔵法師である。

45歳で遣唐使として唐に渡り、大乗本生心地観経の翻訳事業に関わり、翻訳事業の功績により52歳で皇帝より三蔵法師の号を与えられ、今年で68歳になった。

もう、起き上がることもできない体は、やせ細り顔や手には多くのシワが刻まれていた。

最澄や空海と共に遣唐使として唐に渡り、多くことを学びそれを日本に持ち帰りたかったが帰ることができずに、この唐の国の仏教聖地五台山で人生を終わろうとしてる。

最澄や空海はすでに日本に帰っていたが、霊仙だけは帰れなかった。

横たわる霊仙の横に弟子たちが控えていた。

「・・・私が死んだ後、ここを訪れる日本人僧が・・・・才ある者なら秘法と法具を伝えよ・・・・・」

そう言うと深い眠りに落ちていった。


霊仙は一面の花畑の中にいた。

色とりどりの花が咲きほこり、どこまでも見渡す限り花が咲き溢れている。

目の前に若い男女が現れた。日本にいるはずの弟と妹だ。声をかけようとしたらその姿は消えてしまった。次に年老いた男女が現れた。死んだはずの父と母だ。声をかけようとしたらその姿もすぐに消えた。

「・・・これは、走馬灯というものか・・・」

今度は、遣唐使船に乗り込んでいく在りし日の自分、そして一緒に船に乗り込む最澄と空海の姿。

再び、観ている光景が変わる。

唐の皇帝憲宗様と宰相様に帰国願いをしている自分がいた。

床に額をつけ必死に帰国の願いを訴えている。

宰相様が近づいてくる。

「皇帝陛下の御言葉である。帰国は認める訳にはいかぬ。皇帝陛下は霊仙の類まれなる才能を認め、唐における仏教僧の最高位である三蔵法師の号を皇帝陛下自らお与えになった。さらに巷の密教僧が決して知りえぬ大元帥法の習得をお認めになられた。特に大元帥法は秘中の秘であり唐という国の最高機密でもある。いま、この国の中で大元帥法を修することが出来るものは霊仙只ひとり。霊仙の帰国を認めれば、類まれなる才能と秘中の秘である大元帥法の2つを唐は失うことになる。このことは何があろうと認める訳にはいかぬ。許せ霊仙!」


また景色が変わった。

慌てて駆け込んでくる僧侶たち。

「大変だ〜!皇帝陛下が暗殺された!」

さらに、弟子たちが駆け込んでくる。

「反仏教派の諸侯が兵を率いて都に向かってくると商人達が騒いています」

「反仏教派の兵であれば、三蔵法師でもある霊仙様は真っ先に狙われます。お逃げください」

「どこに逃げろと言うのか・・・」

「五台山はどうでしょう。かなり遠く険しい地ですが、文殊菩薩の聖地とも言われております。ここなら反仏教派も簡単には手は出せないでしょう」

「五台山ですか・・・分かりました、すぐに準備をしてください」

慌ただしく準備をして都を後にする一向。


走馬灯が消え、花畑の中に人影が見えてきた。

それは、とても人には見えない姿をしていた。

憤怒の相で仁王立ちをしており、六本の腕にはそれぞれ武器を持ち、髪は逆立ち、肌は浅黒く、その体には蛇を巻き付けてる。

霊仙が人生をかけて習得した大元帥法の本尊である大元帥明王であった。

霊仙が自ら曼荼羅に描き、像を彫った姿そのままであった。

憤怒の相が穏やかな表情に変わった。

「霊仙、海の彼方より危険を顧みずにこの地にやって来て、我が秘法を整えたことは汝の誇るべき足跡である。汝が我が秘法を整えたことにより我が秘法は末長く伝承されていく。そして、汝の足跡があるが故、この後多くの人々が救われるであろう。大儀であった。何か望みはあるか」

「心残りが2つございます。大元帥法を日本に伝えることができなかったこと。そして、故郷に帰ることなくこの地で人生を終えてしまった事でしょうか」

「心配はいらぬ。やがて日本より才あるものが霊仙の足跡をたどり、この五台山にやって来る。そして、残した秘法、法具を受け継ぐであろう。もうひとつの心残りも、少し形は違うが叶うであろう」

そう言うと大元帥明王は、後ろに振り返り花畑の奥へと歩き始めた。霊仙も大元帥明王の後を追い花畑の奥へと進み、やがてその姿見えなくなった。





※唐の時代、尚書僕射しょうしょぼくやが実質的な宰相を意味しているらしいですが、分かり易くするため作品中は宰相と表記しています。


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