中に入って陳列されている物を見れば、きっと間違いなくハイテンションに騒ぎ立てて大慌てでこの場から立ち去る事になるに違いない。と、思っていた葛城であったが、その予想は大きく外れた。


 いつの時代も人間の性に対する欲求は凄まじい。いかにして、より純度の高い快楽を得られるか。それを求めて試行錯誤を経て形となった歴史の遺物――と言えば聞こえはまだいいだろうか。ぶっちゃけると大人のおもちゃ、の江戸版。そんな歴代の性欲解消の為に作られた道具が解説付きで展示されている。物だけではない、春画も当然展示されており、それぞれに細かい解説が付けられている。

 そんな展示物が、館内に入った瞬間目の前に広がっているのだ。なんの予備知識も無しに入った晴香はビクリと肩を大きく震わせ、真っ赤になった顔を隠す様にひたすら俯いている。 まさかこんな場所だなんて、とか知ってたら絶対誘わなかったのに、だとか、そんな事を考えているのだろう。グルグルと目を回してもいるのか、身体がふらりふらりと左右に揺れている。見ているだけでも気の毒だ。そしてそれと同じくらい時々飛んでくる周囲の視線が辛い。


 これ完全に俺が無理矢理連れてきたって勘違いされてねえか? と葛城は「俺じゃないです」とプラカードでも掲げたい心境だ。もちろんそんなことはしないけれど。


 彼女相手に卑猥な物を見せて喜んでいる彼氏、というとんだ誤解を受けているのをひしひしと感じつつ、それでもこれ以上晴香に羞恥心を味あわせたいわけではない。葛城は少し下でふらついている小さな頭の上にポンと手を置いた。

 途端、晴香は全身を大きく震わせた。ひぇ、と小さな声まで上げて、そしておそるおそると見上げてくる。

 真っ赤な顔に潤んだ瞳、そして不安げに震える薄くて小さな唇。この状況でお前その顔はさあ、と葛城は腹の底で鎌首を持ち上げる欲を理性の鎖で縛り付ける。

 せんぱい、と声は出さないが僅かに動く唇が葛城を呼ぶ。わかってるから、と葛城も口だけを動かし、頭に乗せたままの掌で軽く髪を撫でてやる。それでようやく安心したのか、晴香は安心した様にホッと息を吐いた。

 より安心させるために手でも繋いだ方がいいだろうか、なんて考えも一瞬頭を過ったが、それはそれで葛城の羞恥心を煽るのでひとまず止めておく。妙な輩に声をかけられないようにと、隣に立つのを保ったままあとは二人黙々と順路を進んだ。




 複数展示されたドールハウス、の中ではミニチュア人形があんな格好やこんな格好で絡み合っていたり、壁に空いた二つの穴を覗けばそこに広がるのは当然裸の女性の姿だったりと、どれだけ進んでもそういった展示物ばかり。そういう目的の場所なので当然なのだが、とにかく早く抜け出たい身としては中々に辛い。

 雰囲気作りのためにピンクや紫のライトで照らされた通路を過ぎると、少しばかり広めの空間に出る。そこはまるで水族館の水槽の前にいる様な景色だった。

 水槽の中の両端には水に揺れる昆布でも模しているのか、緑色のうねった置物がある。奥には朱色の中華風の門が建ち、さらにその奥、壁は青と白のグラデーションで塗られていた。

 パッと脳裡に浮かぶのは竜宮城。鯛や鮃っぽい魚、っぽいのが泳いでいる風に陳列されているので間違いでは無いだろう。だからこそ、そんな昔話の世界観の中央に鎮座まします古びたテレビ画面が異様な気配を放っていた。

 そういう目的の場所で、さあ見ろと言わんばかりに置かれたテレビに映される物と言ったら、答えはそれしかないだろう。

 あーこれ面倒くさくなるやつじゃね? という葛城の嫌な予感は見事なまでに的中した。

 ザ、と画面が一瞬揺れた直後、唐突に始まったのは「浦島太郎」の実写版。浜辺で亀がいじめられ……て、いるのだろうある意味。数人の海女による、亀の頭を使っての――


「うわあ」


 思わず、といった態で漏れた晴香の声に葛城も小さく頷き同意を示す。そういや入り口にもパッと見亀っぽい、しかし頭の部分は明らかに亀ではない置物があったなあと思い出す。


 亀の頭、でつまりはソレとは、日本語はよくできていると妙な方向での感心をしてしまうのは完全なる現実逃避だ。


 そんな逃避を続けていても、画面の中では物語は進んでいく。助けた亀に連れられて竜宮城へ着いた太郎を乙姫が出迎えている場面だ。その乙姫を見た瞬間、晴香がポツリと呟いた。

「……蒼宮みるく」

「おし行くぞ」


 話は途中なれど、葛城は晴香の腕を掴んで強制的にその場を離れる。え、ちょ、待ってください、と小声で呼びかけられるが無視を決め込み先を行く。


「先輩今の人ですね」

「あー分かった分かったから行くぞそういやそろそろ移動しないと間に合わねえ」


 大嘘である。時間には余裕はあるし、晴香が口にした人物が誰なのかも知らない。が、あの画面に出てきている時点でそちら系の女優であるわけで、そしてそれを晴香が知っているという事は最悪のケースが想定される。いつぞやの、会議後でのあの騒動を思い出して葛城の眉間の皺は深くなる一方だ。あれを、全く知らぬ土地の赤の他人しかいない場で再現されるのだけは阻止したい。旅の恥は掻き捨てとは言うが、捨てる中身がいくらなんでも酷すぎる。


 どんどんと進む先にも展示物は多々あったが、最早長居は無用と突き進んで行けばようやく出口が見えた。最後に待ち構えているのは土産物屋で、並んでいるのは当然ここにちなんだ物ばかり。


「土産でも買って行くか?」

「とんだセクハラ案件じゃないですか」


 そう言いつつも興味はあるのだろう、晴香は商品の物色を始める。観光地定番のクッキーやら、確実にセクハラではなかろうか、となりそうな形の飴やチョコなど並ぶ中、端にひっそりと並べられていたソレ、に晴香の意識は一気に引き寄せられた。

 あ、と呟く晴香に続き、その呟きの意味に気付いた葛城が「げ」と声を漏らす。待て、と腕を掴もうとするも間に合わない。晴香は商品に手を伸ばし、葛城を振り返って満面の笑みを浮かべた。


「先輩これ! 買いましょう!!」

「買うか馬鹿!!」

「どうしてですか! 今となっては手に入らない文字通りの秘宝ですよ!」

「うるせえいいから戻せ!」

「だってこれ大林ヒミコの若い頃の」


 ガッ、と晴香の顔半分を掌で掴んで黙らせる。突如そんな光景を見せられたレジの男性が驚いた様に目を見開く。葛城は「すみません」と軽く頭を下げ、奪い取った「伝説の熟女AV女優の若かりし頃」のお宝DVDを棚に戻し、晴香の頭を腕の中に引き寄せるとそのまま足早に外へと出て行った。

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