第36話 7





 自分で自分が嫌になる。なにもこんな時にまで、いやむしろこんな時だからなのか。テンパりすぎての暴投が酷い、酷すぎる。もういっそ泣きたいくらいだ。

 あわあわと狼狽える晴香に対し、葛城は一瞬動揺したもののすぐに落ち着きを取り戻した。今は笑いを堪えるのに必死である。


「せんぱい……!」

「分かってる落ち着け」


 噛み殺しきれない笑いが漏れる。んん、と葛城はわざとらしく咳払いをし、ひとまず大きく息を吐いた。


「もう準備万端ですってわけでもなけりゃ、とりあえず早く終わらせたいとかそう言うのでもなくて、たんに気持ちよすぎてわけ分からん、ってなったんだろ?」


 安定の理解度の高さに晴香は何度も大きく頷いた。今日は自分でも驚く程に快感を拾っている。それに翻弄されすぎてどうしていいのかが分からない。体はまだ葛城を受け入れられる状態ではない、というのはどうにか理解している。それでももう耐えられなかったのだ。与えられる快楽に。そして、葛城から向けられる視線の熱さに。


「……せんぱいのかおがむり」

「言いたい事はなんとなく分かるがそれにしたって言葉を選べ。さすがに傷つくぞ」

「だって先輩の色気が! 過去最高に!! 無理!」

「褒められてんだか貶されてんだか」

「動く十八禁ーっ!!」


 葛城への想いを自覚した事で感度も上がったのだろう。そこへさらに、これまで抑えていたのを解放して葛城が欲をぶつけてくるものだからひとたまりも無かった。完全に男の色気に晴香は敗北し、早々に白旗を揚げるしかない。

 しかたねえなあ、と口調こそ呆れているがどこか楽しそうに葛城は晴香の体を引き起こす。体の向きを反転させ、後ろから抱き込む様にして自分の膝の間に座らせた。


「え、先輩?」

「お前が俺の顔が無理って言うからなあ」

「せんぱ、ッ、いっ!?」


 ガリ、と首筋に歯を立てられて晴香の身体が大きく跳ねる。なんならベッドの上から数センチ飛び上がりそうな程の衝撃だった。しかし葛城の腕が晴香の腰にしっかりと回り、あげくその長い足で晴香の足を絡め取っているので身動きが取れない。

 それでも無駄な足掻きとジタバタ暴れる晴香に、葛城は無言でありながら楽しそうにしている。噛み付いた跡に唇で軽く触れ、戯れに舌で舐め上げる。ぎゃあ、と晴香は可愛げから遠く離れた叫びを上げ続けるしかない。

 そうやって恋人同士の触れ合いなのかそれともただの嫌がらせなのか、よく分からない

攻防戦の最中、抱き締められたままの晴香の手が不意に何かに触れた。

 途端、葛城の身体がビクリと震える。え、となって晴香が振り返ると、そこにはバツの悪そうな顔をした葛城が恨めしげに睨み付けている。

 え、とさらに疑問に思った晴香は身体を動かす。しっかりと抱き締められていた葛城の腕は完全に解放とまではいかないが、それでも緩みが生じている。晴香はわずかにできた隙間で腰を動かし、上半身を反転させた。

 手が触れたのはちょうど自分の腰辺り。視線を下へ動かせば、葛城の腰から下が目に入り、それはつまりは触れたモノの正体を知るには充分すぎるわけであり、晴香は注視したままポツリと呟いた。


「……むりでは……?」

「だから見るなって言っただろ……」


 葛城は軽く溜め息を吐くが、晴香はそれどころではない。男性のそういった反応を初めて目にしたわけであるが、あまりにもこう、なんと言うか――想像を超えていた。


「せんぱい」

「なんだ」

「無理」

「無理じゃない」

「物理的に無理ですよ!」

「物理的」

「だってそんなの……無理でしょう!?」

「こんなの標準だ標準、普通サイズ」

「それで!?」

「それでって言うな」

「本当に標準なんですか!?」

「多分な」

「また適当言ってる!」

「少なくともXLとかじゃねえから大丈夫だよ」

「……なにが?」

「……コレのサイズが」


 葛城の目元が若干赤い。流石にこの会話は先輩も恥ずかしいんだなと、こちらはすでに羞恥心から現実逃避しかかっている晴香がぼんやりそんな事を考えていれば不意に手を掴まれた。

 そのままグイと引かれた先で触れたモノ。

 え、となって葛城を見つめる。葛城も同じく晴香を見つめたまま手を動かし、晴香の指を開いてしっかりと握らせた。


「知らないからビビってるだけだ。ちゃんと触って確かめたら少しは安心するだろ」

「あんしん」


 安心? と首を捻りつつも先輩がそう言うのなら、と混乱の極みにいる晴香は素直に葛城の言葉に従う。

 ちゃんと触って、確かめる。

 そっと指を動かせば葛城の肩がピクリと跳ねた。一瞬だが眉根が寄ったのを晴香は見逃さず、これは痛かったのかと問えば短く「違う」と返される。痛くないのならば、と先程よりももっと指を緩やかに、触れるか触れないかの位置で動かしていると葛城の息が徐々に上がっていく。


「先輩?」

「……もう少し、力入れて」

「でもそしたら痛いんじゃ?」

「大丈夫……気持ちいいから、もっと」


 握って、と晴香の手の上に葛城の手が重なる。そのままゆっくりと上下に扱き、少しして葛城は手を離す。晴香は教えられた通り、そして求められるままに手を動かし続ける。


「先輩、これ……気持ちいいです、か?」

「ああ」


 返ってくる言葉は短いが、葛城の顔はこれまでの余裕を感じさせるものではない。時折きつく瞼を閉じているのは、きっと自分と同じく快感を逃しているからだ。


「なんとなく先輩の気持ちが分かった気がします……」


 気持ちいいかと尋ねられるのは恥ずかしい。こちらの羞恥を煽って楽しんでいるのだとばかり思っていたが、どうやらそれだけではないのだとこの瞬間理解した。

 すっかり羞恥心がなりを潜めてしまった。晴香は無心に手を動かし続ける。と、突如葛城が晴香の手を押さえた。


「えっ!? すみません痛かったです?」

「逆だ逆、気持ちよすぎて出そうになった」


 驚き固まる晴香に葛城が簡潔に答える。一瞬意味が分からず晴香は数秒考えるが、葛城が意地悪く口元を歪め始めたのを目にした途端理解できた。


「わかった! わかりましたさすがに分かったので説明は大丈夫です!」

「イキかけた」

「だからーっ!! 大丈夫って言ったのにー!!」

「ヤバいな、お前の手で扱かれてるってだけでイキそうになるとか」

「先輩だまって!?」

「危うく掌に出すとこだった」

「先輩!」

「でも出すならお前のナカがいい」


 葛城の掌が晴香の腹に触れる。


「無理はさせたくねえんだけど……俺がもう無理」

 葛城の視線が熱を帯びる。それと同時に晴香の掌の中にある欲の象徴がドクリと動き、晴香は知らず喉を鳴らした。

「晴香、お前が欲しい。なあ、俺にくれるか?」


 先週の金曜の夜から今のこの瞬間まで、いつだって葛城は晴香を好きにする事ができた。そもそも男女の力の差だってあるのだから、葛城がその気になれば晴香に抵抗できるはずもない。

 けれど葛城は無理矢理行為に及ぼうとはしなかった。晴香の意思を何よりも優先してくれていた。所々強引な場面はあったけれども、それでも。

 こんなにも大切にしてくれて、こんなにも求められて、そして自分も求めている相手なのだから答えは一つしかない。


「――クーリングオフできませんけどいいですか!?」


 言い方ぁっ! と渾身の突っ込みが自分自身に入る中、「するわけねえだろ」と葛城は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「できるだけゆっくりするから……それでも痛かったりもう駄目だって思ったらちゃんと言えよ?」

「う……はい……」


 でも、と晴香はしばし視線を彷徨わせ、それでもどうにか覚悟を決めて葛城を正面から見つめて言葉を向ける。


「……痛かったり、き、気持ち、よすぎて泣いちゃったり、しても……あの……ええと、最後までよろしくおねがいします!」


 最早自分でも何を言っているのかが分からない。葛城はおもむろに晴香を抱き締めると、そのまま小刻みに身体を揺らす。おそらくは笑いに耐えているのだろう。


「途中まではよかったのに……まあお前らしいっちゃらしいんだけど……」


 もうこれから先は口を開くまいと晴香は心に決めるが、その前にこれだけはもう一度だけ伝えたいと身体を動かす。両手で葛城の頬を挟み、しっかりと向かい合う。


「先輩のことが大好きです」


 勢いで流されてでもなく、語尾に余計な物が付いた状態でもなく、改めてはっきりと自覚した想いを全力で投げ付ける。

 それを葛城は正面で受け止めると「俺もだよ」と幸せそうな笑みを浮かべて口付けた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る