第14話 龍城(8)騒擾②

 騒ぎは諸将が集う広間かと思ったが、

耳を傾けると方向が違っていた。

 

 織田と徳川は長年の同盟者とはいえ、

岡崎城は徳川家の城で、

そうそう勝手に歩き回るわけにいかず、

夢現ゆめうつつで清三郎に起こされた仙千代は、

信長や信忠の宿舎となっている本丸御殿を出て、

風に当たろうと、

裏手に少しばかり歩いた。


 聞き違いか、物騒な気配は……


 と、思うと同時、


 「……若殿は……

出羽介でわのすけ様は、

首尾一貫、将兵と心をいつにしておられた」


 信忠の近習、勝丸だった。

 

 信忠の官位は出羽介といい、

本来の位階には無い特別な称号で、

その名を賜ることは、

武家にとって特別な名誉とされていた。


 「総大将の御指示によって合戦を総覧し、

臨戦態勢を保たれたまま、

戦に参じておられた。

高みの見物などではない」


 押し殺したように低いながらも、

怒りがこめられていることが知れる。

 対して、兵達の嘲笑が返る。


 理路整然と事実を勝丸が述べようと、

五人か六人か、相手は多勢で、

勝丸は一人。

 理屈は通らなかった。


 勝丸は、

信忠が美濃の加納へ鷹狩りに出て、

土豪の邸で休んだ際、

よく立ち働く二男を気に入って、

小姓に取り立てた。

 清三郎に似た面立ちで、

つまり、仙千代の面影があった。

 

 仙千代は、信忠と決裂したまま、

修復は為されていないと理解している。

 だが、信忠が好む容色が一貫して、

仙千代の姿を投影していることは勘付いていた。

 それでも、

自分がいくら信忠好みの容貌をしていようが、

単に容貌だけの話なのだから、

潔癖な信忠に盗人扱いされて、

嫌われた事実は、

動かしようがないと考えていた。


 信忠の初陣を契機として、

愛童として抜擢された三郎は、

信忠が寝所にはべらす小姓を持っていなかったのを

信長が親心で責付せっついて、

問い詰めた挙句、決まった寵童だった。

 甲冑商の息子である清三郎が加わった時、

三郎は町人出身の清三郎をよく補助し、

勝丸に対しては三郎と清三郎が、

面倒をみた。


 信忠への恋慕から、

清三郎だけでなく、

三郎や勝丸に対しても、

悩ましい思いを抱くことがなかったと言えば嘘になる。

 だが三郎とは、

それ以前に親しい朋輩だった。

 また、まったく泳げなかったものが、

今では水術の達人となり、

修練や体調管理で凛々しい若武者となって、

信忠を補佐し、

小姓達をまとめている姿を見れば、

三郎が可愛がっている勝丸を妬む気は失せ、

お調子者で陽気な勝丸も、

いつしか親しい仲となっていた。


 その勝丸が今、

怒りに声を震わせている。


 仙千代は音をたてず、近寄った。


 




 

 


 


 


 


 

 

 




 

 


 


 

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