信じて

保科早里

第1話

幽霊が見えるなんて言う人に、リアルでは出会った事がなかった。

あるタレントが学生時代に当然幽霊が見えると言い出すのは、陰キャな女が多いとか言っているのを見て、そうなのかなーとぼんやり思ったりしたことがあったし、子供のころは

心霊関係の番組を見て、本気で怖がったりしたこともあったが、いい加減ある程度の年齢になればそんなものがあるわけないっていうのがわかる。


だから、移動してきて隣の席になった人にいきなり「後ろでおばあちゃんが見守っているよ」と言われた時には「はぁ?」としか返事が出来なかった。


そもそも私のおばあちゃん、父方も母方も生きてるし、すごく元気だし。


「あのーおばあちゃんて何ですか?私のおばあちゃんすごく元気で生きてますけど」

年上の女性だから一応敬語。

「あなたのおばあちゃんのおばあちゃんよ。 着物着てる」

おばあちゃんのおばあちゃん?そのくらいの年齢の人だったら着物を着ているのは当たり前なんじゃないか???

「あの、すいません、仕事中なのでその話はまた後で」

面倒くさくなったので早々に話を切り上げた。

「あ、邪魔しちゃってごめんなさい」

意外なほどあっさり引き下がってくれたのでほっとした。

でも彼女、黒髪に後ろで髪を一つに縛ってメガネと典型的な陰キャって見た目だけど、よく見ればそこそこにスタイルもいいし、きちんとメイクすれば十分美人の部類に入ると思うのに、なんであんな嘘言って人の気を引こうとするのだろう。


「ねぇ、あなた猫飼ってた? チャトラの猫ちゃん」


今度は右隣の新入社員の娘に話しかけている。


「えぇー飼っていました。なんで分かるんですかー?」

「あなたこの会社に入るちょっと前にしんじゃったのね。今もあなたのそばにいるよ。あなたに一番になついていたみたいね」

「そうなんですよーほんとにそばにいるんですか?」

え……彼女、泣いちゃってるよ。猫飼ってたってのもチャトラの猫ってのも本当みたいだし、まさか……いやいや偶然だよ、そうに決まってる。

私はそう自分に言い聞かせて仕事に集中した。

二人はまだ何か話している。いやいや仕事しなさいよ。でも、気になって私もなかなか集中することができない。

変な人が移動してきたものだな。厄介なことに巻き込まれなければいいけど。


「あ、佐藤さん」

お昼休み私は社員食堂で一年先輩の佐藤浩(さとうひろし)に声をかけた。佐藤さんの隣には佐藤さんの同期の飯島さやかが座っていた。

「里奈(りな)ちゃん、どうしたの?」

「あの、移動して来た北村さんのことなにか知っていますか?」

佐藤さんと飯島さんの顔を見ながらたずねた。

「北村さんねー」

飯島さんが意味ありげにつぶやいた。

「いろいろな部署たらいまわしにされてきたんだよな」

「あの人に何か言われたの?」

「はい、お化けが見えるって言われました」

「あーやっぱりね」

二人が声を揃えていった。

「やっぱりって?」

「あの人、そのいろいろな部署でそれやっていたらしい。幽霊が後ろについているだの、未来が見えるだの。それで気味悪がられて移動させられるらしい」

「でも、結構当たってるって噂も聞くのよね」

「そういえば、新入社員の奈々ちゃん、チャトラの猫を飼ってたの当てられてましたよ」

私は北村さんが奈々ちゃんに言っていたことを覚えていることだけ伝えた。

「えーすごいね。私も見てもらおうかな」

飯島さんがつぶやく。

本当にあの人は見えているのだろうか?わたしの後ろに本当におばあちゃんのおばあちゃんがいて私を見守っているのだろうか?


よし、午後もう少し聞いてみよう。


私の心に好奇心というやつがムクムクと湧き上がってきていた。


「あのー北村さん?」

食事を終えて席に戻ったら、北村さんはすでに戻ってきていた。

「何ですか?」

「さっき言っていたのって本当なんですか?私の後ろに……」

私はチラッと後ろを振り向く。

「本当ですよ。お母様のほうの家系の方だと思う。あなたのことを見守っていますよ」

「あなたはお父様に似たみたいだけど、お母様の家系ってくせ毛でしょ? その人もくせ毛」

確かに母の家系はくせ毛が多い。母もくせ毛だ。私は父に似てストレートヘアだったけど、母に似てくせ毛になった妹は縮毛矯正にお金がかかるとよく不満を言っている。


やっぱり、この人は本当に見えているんだ。

私はちょっと怖くなった。気味悪がられていろいろな部署をたらいまわしにさせられたってのも当然なのかもしれない。


何もかもみすかされそうな気がしてくるものね。



翌朝、出社した私を出迎えたのは主任の怒鳴り声だった。正確には北村さんを怒鳴っていた主任。

「ふざけたことを言ってんじゃないぞ!お前、いくつだ?そういったことを言って人を驚かせるのはせいぜい中学生までだろう!」

「でも、本当なんです。私は主任が心配なんです」

北村さんは引き下がらない。

「ね、なにがあったの?」

私は周りにいた人達に聞いてみた。

「北村さんがね、主任が今日事故にあうから車運転しないでっていったんだよ」

佐藤さんが答える。

確かにいきなりそんなこと言われたら、ちょっと気分が悪いかもしれない。

「だからいったんですよ。こんなのうちの部に入れるのは嫌だって!」

主任は多分部長にでも文句を言ったつもりなのだろう。部長いないけど。

「私のこと信用してくださらないのですね」

なんだか冷たい口調で北村さんが言った。

「私はただ見えたことを、本当にそうなってほしくないからお伝えしただけなのに」

「うるさい!」

主任は北村さんを突き飛ばすと出て行ってしまった。

「大丈夫ですか?」

よろけた北村さんを支えた。

「ありがとう」

私を見る目は昨日と同じ穏やかな目だ。

「北村さん、本当なの?主任が事故にあうって」

すかさず飯島さんが聞いてくる。

その場にいた全員が興味半分だったのだろう、彼女の周りにあつまってきた。仕事そっちのけで。よく考えれば暇な部署だな。

「本当です。でも、本気にしてくれませんでした」

「でもまぁ、いきなり今日自分が事故で死ぬなんて言われたらやっぱり、本気にできないところはあるよなぁ」

その一言にみんな確かにそうかもねとつぶやいた。そしてなんとなく自分の席に戻っていく。

「北村さん、昨日言われたこと母に確かめてみたんだけどね」

「ええ、どうでした?」

なんとなく北村さんをフォローしなくてはいけない気になって自分のデスクに戻ってから話しかけた。

「母もよくわからないって言われちゃった。やっぱり、ある程度いい家じゃないと先祖のことってわからないものなんでしょうね。その人のこと知りたかったんですけど」

「でも、見守ってくれているのにはかわりないですよ」

「そうですね」

少しはフォローできただろうか。北村さんも嬉しそうに話してくれたし、まぁいいか。

私はその程度で話を切り上げて仕事をはじめた。


怒って出て行った主任はかえって来ないままその日の仕事は終わった。




翌日、出社した時、主任が事故にあってなんて情報が私を出迎えると思っていたが、そんなことはなかった。

主任の事故はなかったが、代わりに主任が行方不明ということになっていた。

「行方不明ってどういうことなんですか?

「昨日あれから誰も主任を見ていないらしい。家も帰ってないし、スマホもつながらないって」

「それこそ北村さんに聞いてみようか・」

佐藤さんがちょっとふざけた感じで言う。

「帰ってこないと思いますよ」

当然声をかけられて私も佐藤さんも声をあげて振り返った。

「北村さん、びっくりした」

「何だよ、当然話しかけるなよ!」

「で、でも北村さんかえって来ないって?」

「私を信じないからですよ。私を信じない人はみんなそうなるんです」

「な。何言ってんだよ。なんであんたを信じないだけでそうなるんだよ」

佐藤さんは明らかにおびえていた。そして、私も怖かった。

「あなたも私を信じていないのですね」

あくまでも落ち着いたトーンで話すのが余計に恐怖心をかきたててくる。

佐藤さんは無言でその場から離れていった。佐藤さん大丈夫だろうか?主任は本当に帰ってこないのだろうか?不安になった私に北村さんはニッコリとほほ笑んで言った。

「あなたは大丈夫。私を信じてくれましたから」


いや笑えない。怖い。


佐藤さんが出社したくなったのは、主任がいなくなってさらに一週間後の事だった。

その二人と北村さんのいきさつを知っていた人たちは恐れをなして必要以上彼女とは話さなくなった。

最初の日に飼い猫の事をあてられた奈々ちゃんは、すっかり彼女の信者みたいになって、色々相談しているようだけれども、私も当たり障りのない話で済ませるようにしている。


それから何日たっても二人の行方は分からないままだ。

部長によると近いうちに北村さんは移動させてもらうらしい。

早く移動してほしいと心から願っている。


そして、二人が早く見つかって欲しいとも思っている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る