私の食卓
太刀山いめ
第1話我が家の粕汁
冬場は雪深い地域に産まれました。
物心ついていたら私はおばあちゃん子になっていて、よく保育所をズル休みして祖母に引っ付いていた。
そんな事も有り、百姓だった祖母の畑にもついて歩いた。
「ほれ、紫できれいじゃろ」
祖母は茄子をもぎながら私の背負った籠にそれを入れた。
幼い私はよく分かってなかったし、茄子の旨味を理解していなかった。
その夏場のキラキラした茄子は味噌汁や焼き茄子、漬け物になった。
「漬け物うまかろう」
食卓で祖母は私の茶碗に丸ごと漬けた青青とした茄子を乗せた。
何となく空気を読んでその茄子にかぶり付く。
漬かりが浅すぎて塩気より茄子の青臭さが強くて我慢して飲み込んだ。
祖母が追加の茄子を出そうとしたので私は手早く食事を食べて。
「ごちそうさまでした」
食卓から逃げた。
そんなこんなありながらも私は今日も保育所をズル休みして畑について行った。
「茄子もおわりだなぁ」
祖母はそう言ってもいだ茄子を見せてくれた。
紫一色だった茄子に茶色いかさぶたや筋が入っていた。
「もう秋だの」
祖母は畑の様子等で季節を見ているみたいだった。
祖母はそのかさぶた茄子を採れるだけ採ると、私を連れて家に帰り、また漬け物にした。
正直私は辟易していた。
野菜は嫌いではないのだが、祖母はケチな所があって、料理の味付けが薄いのだ。
父母は共働きで、当時は祖父もまだ元気で工場で働いていて、朝から夕方迄祖母と二人で過ごしていた。
冬が足早にやってきた。
天気も荒れて細かい雪から積もる大きい雪に変わる。
当時は父しか車に乗っておらず、父が祖父を工場に送ってから出社していた。
母は自転車で私を保育所に送り、それからパートに向う。
今から思えば、やはり貧しかったのだろう。
私の玩具も村の年長さんのお下がりで、ヒビが入っていたり動かなかったりもした。
皆必死に家族をしていたのだ。
私は小学生になる迄父親の顔を判別出来なかった。
朝は薄暗いうちに祖父と出社して、祖父は電車で帰ってくるが、父親は夜中の一時位に帰宅するのが常で休みもなかった。
そんな中で祖母は私を邪険にせずに、無闇に叱らず、母の負担を減らしていたのだと思う。
冬場、母の自転車での移動は道路の融雪も満足でない中では命懸けだったろう。
そんな田舎の凍える冬。
父を除く家族四人。台所のちゃぶ台に祖母が作った大鍋の汁物が出た。
それが「我が家の粕汁」
味噌と酒粕で味が作られているのだが、冬場敷地の砂の室に寝かされていた大きい大根丸々一本の拍子切りに、何故か薄く切られた「かさぶた茄子」が青青とたっぷり入っていた。
かさぶた茄子は冬仕度だったのだ。
長持ちさせるために青色の漬物のもとを使ったかさぶた茄子はかさぶた迄絵の具の様な青色。
その色が漬物から溶け出して真っ青に仕上がった粕汁。
見た目は最早絵の具汁。
でも出来たての味噌、大根、茄子、それにふんわりお酒の匂い。
『いただきます』
母が粕汁を四人分よそってくれる。
粕汁の印象が強くてそれ以外何がおかずに上ったか思い出せない。
でもその粕汁の味は思い出せる。
一口啜ると色なんて関係ない。
普段調味料もケチる祖母だが、粕汁はしっかりした味。
好物の大根と熱々の汁。薄切りの茄子にも酒粕が塩気をまろやかにして歯応えも柔らかく、夏場の丸ごと漬物より好きになった。
大鍋に作った粕汁はどんどん無くなっていく。四人体から湯気が出るかと言う程汗をかいてすする。
「あとはお父さんの分ね」
祖母がそう言って大鍋に蓋をした。
深夜。
母が凍えて帰ってきた父に祖母の粕汁を温めて出した。
「昔からこの時期のご馳走だな」
父も勢い良く粕汁を啜ったと母が言っていた。
朝、私は早起きしてコンロに乗ってるであろう大鍋を探した。
あった。
また食べたくて背伸びをして蓋を開けた。
中身は空っぽ。
父はこの粕汁が好物だったらしく結構残っていた筈だがそれも平らげてしまっていた。
「また作ってもらえ」
台所の入口、私の背後から声をかけられる。
そこにはサングラスをかけて、パンチパーマの男が大きな鞄を下げて立っていた。
固まる私。
「おうい○○車出してくれ」
後ろから祖父が工場の作業着と荷物を持って出てきた。
「分かったよ親父」
二人はそうやり取りして玄関に向かっていった。
サングラスでパンチパーマの男が自分の父親だときちんと理解出来ていなかった私は急いで部屋の布団に潜り込んでいた。
青色は食欲を無くす色だとよく言われます。
確かにお菓子が青色でも大丈夫だけれども、青色のカレー等が出てきたら…拒否してしまうかもしれません。
ですが冬場になると私は今でも大鍋に「我が家の粕汁」を作ります。
勿論青色です。
来客に見せた時は「ゲテモノ料理」と言われてしまいました。
祖母が亡くなって、家も裕福になったからか、実家で食べることが出来なくなってしまいました。
私が作るのを止めてしまったら…
絶滅する。
そんな儚い、思い出の料理。
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