第5話 おせっかいの効能
辺分島小学校は全校生徒数九人、六年生三人、四年生二人、三年生が一人、二年生二人、一年生一人、そのうち兄妹が二組という構成だ。澄子はその中でも、大人びたはっきりとした物言いと活発さでリーダー格となった。
島では、お金持ちの子供が祖母と一緒に越して来るという話題でもちきりだった。祖母の故郷であるこの島に三十五年振りに帰郷するため廃屋となっていた民家の改修が急ピッチで進み、新築同様の平屋住宅が出現した。
「妙子さんやろ?」
「そやろ。トモさんが死にんしゃた時が最後やけん15年ぶりくらいやないと?」
「娘さんがおったばってん、なして孫ば連れてこげん所に今更、なぁ」
「あんた、都会は色々あるったい。余計なことば詮索したらいかんて。なんも聞かんで昔のごと仲良うしとったらええやん」
「そやな、この島に子供が増えるだけでもありがたいこっちゃ。歓迎会せないかんな」
小学校の全校集会では、上等でお洒落な服装の転校生に好奇の目が注がれていた。
「東京の学校から転入した葛西劉生君です。皆さん、この島のことや学校のことをたくさん教えてあげましょう」
「劉生君。ご挨拶しましょうか」
「葛西劉生です。宜しくお願いします」
劉生は目線を下に向けたままボソボソと呟いてコクリと頭を下げた。
「よろしくお願いしまーす」
劉生が何と言ったのかは聞き取れなかったが、一同は大声で元気よく挨拶した。
島の児童は都会から来たお金持ちに、境界を感じ、よそよそしさが抜けなかったが、それを打開したのは澄子だ。澄子は、金持ちならではの孤独さや重圧、出生とともに将来が決まっている絶望を知っている。
「劉生! ここでは皆一緒やけんね。お金持ちとか関係ないとよ。かしこぶらんで好きなことしとっていいっちゃけんね」
澄子は良一の腕を引っ張り、校庭に連れ出した。
「見てん?」
澄子は茂みにあるクチナシの葉をひっくり返した。
「うわぁ」
劉生は二歩後ずさりした。
「びっくりしたろ?」
「やめてよ」
「なぁんも。嫌がらせやないって。悪いこともなんもせんのに、生きとるだけなのに邪魔者扱いしたらいけんよ。都会もんは虫嫌うけん、畑に農薬まかないけんてお母さんが言いよった。そのくせ、このごろはコーガニックとか言うて農薬使わんのが好かれるって」
「オーガニック?」
「知らん。農薬撒いたのも、虫がついとるのも農協が買わんって」
「劉生、いつか東京に帰って偉い仕事するんやったら、都会をもっと都会にすることより、この島みたいな田舎の人間が不自由せんごと暮らせるような日本にしてばい」
「僕は偉くなんてならないよ。新しいお父さんに嫌われたんだ」
東京では、自分のことを喋らなかった劉生が会って初日の澄子に、自然と自分の秘密を打ち明けていた。誰かに開かなければ、心は爆発して崩壊する寸前だった。祖母はそれなりに優しくはしてくれるが娘を庇いたいし、世間体もあるから、東京でのことは無かったことにしている。飽くまでここに来た理由は、お金持ちのボンボンの社会教育の一環ということになっている。
「そうなん。お母さんは?」
「僕が居たら、父さんと離婚になっちゃうから僕が邪魔みたいだ」
「そげんこと無いって、お金持ちって大変やろ? お母さんも一時おかしくなっとるだけよ。また変わるって!」
「ここね、なぁんもないけど、そのかわり皆がなんでも助けてくれるっちゃん。雨戸が壊れたら誰かがすぐ治してくれるし、猫がおらんごとなったらみんなで探す。この前は坂の上のばあちゃん家をおいちゃんたちでバリアリイにしたっちゃん」
(バリアフリーね)今度は突っ込みをいれなかった。
「こげんいいとこなのに人が減っていくばっかりで、若者がおらんけんね、私、大人になったらここに人が一杯住むようにしたいっちゃん。どげんな仕事したらいいかはまだわからんけど」
劉生は、輝かしい目で、次々と勢いよく話す澄子の周りに白いオーラを見た気がした。
スピリチュアル本で読んだ『エネルギーの場』という代物か、はたまた太陽の逆行で目が眩んだのか。ま、後者だろう。
それから二週間もすれば、劉生はすっかり島の人間に慣れ、目に生気を取り戻した。まだまだ、虫は苦手だったが、澄子の言う『勝手に邪魔者扱いするな』という言葉を頭に刷り込んでいる。母親が居なくてもちっとも寂しくはなかった。島の人みんなが母親以上に世話を焼いてくれるし、温もりを与えてくれた。
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