左足だけの靴擦れ

空薇

左足だけの靴擦れ

 靴擦れができた。

 新しい靴を履くたびに、私の左足には靴擦れができる。小指に、かかとに、足の裏に。

 さまざまな場所が擦れて『痛い痛い』と叫び出す。

 ただ、それはなぜか。何度新しい靴を下ろしても、痛みを訴えるのは左足だけだった。



「おっはよー! 今日も元気に生きてる?」


 死んだような顔をした、大切な幼なじみに私は声をかける。あえて明るく。死んだような顔をした彼がつられて笑ってしまうように、おかしく。


実紀みきか……毎朝まあ飽きもせず……」


 おはようすら返さず呆れた表情を作った幼なじみの様子に失敗を悟った。左胸がちくりと痛むが、それでも私は笑顔でいる。


「飽きないよ! だって、大切な幼なじみでしょ? ほら! しゃきっと歩かないと学校遅刻するぞ?」


 とびきり明るく。とびきり笑顔で。ほんの少しだけおかしく。それが私だから。彼が昔、「好き」と言ってくれた私だから。


「あーあー、昔は私がいつも笑顔でいるのが好きって言ってくれてたのに、いつからそんな冷たくなっちゃったのかねぇ」


 寂しいなぁ、と本当に泣いてしまいそうな心は隠して、泣き真似をする。

 そんな私の様子を一瞥もせずに彼は、今日もただただ学校に向かう。

 左足の靴擦れが、ずきりといたんだ。



 今日こそは、と。気合を入れて彼に笑顔を向けた。それでも彼は、まったくこちらを見てくれない。

 ただ、いつもはそれで終わる彼が、ぼそっと、一言呟いた。


「……傷ついたり、しないわけ?」


 そう言った彼の声は、なんだか苦しそうで、私は希望を感じてしまう。今すぐに駆け寄りそうになってしまう。

 でも、嫌われることが怖いから。

 私は一歩後ろの距離を保ったまま笑った。


「全然! 私があなたと一緒にいたくているんだもん。そっちこそ、いやならいってよー? うざかったり、とかさ。あったらね?」

「……そう」


 彼が、私の返答に安心したような返事をこぼして、その時に、久しぶりに目が合う。

 また、左足が、いたんだ。



 昔は仲のいい、ただの幼なじみだった。

 下の名前で呼び合って、毎日遊んで。

 そういう日常を繰り広げているうちに、私は恋に落ちたのだ。

 急にじゃなくて、日常を重ねていくうちに、気がついたら落ちていたような、優しい恋。

 だから私はなめていたのだろう。

 彼もいつか私と同じような恋に落ちて、いつか自然に付き合って……。そんな未来を勝手に想像していた。

 それが訪れないことを知ったのは、中学生の時。彼が私のことを避け始めた時期。

 どんどんどんどん避けられるようになって、今や一緒にいるのは登校する時だけ。その登校時すら、いつ終わるかわからない。

 彼が離れて、いつか消えてしまう恐怖に私は怯えた。

 だから、頑張ることに決めたのだ。彼に振り向いてもらえるよう、実力以上の高校を受験し、なんとか合格し、毎日笑顔で彼と登校する。

 ただ、そうすればするほど、左足の靴擦れがいたんだ。







 左足だけ。右足は靴擦れなんてしない。理由はとっくに知ってる。右足より、左足の方が少しだけ大きいから。そんな、特別でもなんでもない当たり前の理由だって、ずっとわかってた。

 でも、心臓が跳ねるたびに一緒に痛む左足は。

 心臓が縮むたびに一緒に傷つく左足は。

 いつだって傷だらけで血まみれで痛くて痛くてたまらない左足は。

 それはまるで私の心を表しているようで、どうしても特別な意味をつけたくなってしまったんだ。

 一筋だけ流れてしまった涙を勢いよく拭う。

 そして、明日もまた笑顔で過ごすために、自分の心を優しく手当した。

 


 今日も、傷だらけの左足は絆創膏を貼られて、窮屈な靴の中におさめられる。

 痛くて痛くて今にも泣いてしまいそうになりながら、靴の上から左足を撫でる。


「今日も一緒に、がんばろうね」


 一言呟いて、私は勢いよく立ち上がり、笑顔で家を出る。

 痛くないは嘘。傷ついてないも嘘。それでも私は泣かない。

 大切で大好きな幼なじみに、いつか振り向いてもらうために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

左足だけの靴擦れ 空薇 @Cca-utau-39

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る