第35話 おばあちゃんは間違っていない

 青に挟まれる海の空に現れた吸血鬼の王女を名乗る女の子。

 彼女は蝙蝠たちに包まれながら、甲板かんぱんへ華麗に舞い降りる。

 

 俺にはその子に見覚えがあった。


 紫髪のツインテール。ではなく、全ての髪を結わずに後ろ髪を残して、頭頂部に近い髪を左右に束ねたツーサイドアップという髪型。そして、禍々しくも魅惑的なブラッドムーン色の瞳。

 

 幼さとやんちゃさを残しながらも大人の女性としての魅力をほのかに纏う。

 衣服は赤色のリボンタイのついた白のブラウス。胴の部分には幾重もの黒のベルトが巻き付いており、まるでコルセットのよう。

 しかしコルセットとは違い、ベルトの隙間に複数のナイフが仕込まれている。

 赤と黒が交わる短めのスカート。黒のブーツに黒のマントを着用。


 腰元には、真ん中に穴のあいた金属製の円盤がいくつもぶら下がる。その円盤の外側にはやいば――円月輪チャクラム……彼女は船に乗る前に見かけた女の子。




 突然現れた、吸血鬼の始祖にして王女の名乗り声に、誰もが声を失ったが……それ以上に、先ほどの口上に皆が皆、頭の上にはてなマークを飛ばした。


 俺とシャーレがそのはてなを言葉にする。

宵闇よいやみの支配者って……」

 俺は空を見上げる。太陽の光が燦燦さんさんと降り注ぎ、この上なく快晴。

「今宵って……」

 シャーレは空を見上げる。突き抜けるくらい雲一つない真っ青な空。



 甲板にいる全員が、空の青と輝く太陽を目にして、吸血鬼を名乗る少女へ視線を戻した。

「あの、よくわからないけど、出てくる時間帯間違ってない?」

「うっさいな! 仕方ないでしょ! みんなが起きてて集まってる時間帯ってこの時間しかないんだから!! あんたたち、もっと夜に活動しなさいよ!!」


 こちらの真っ当な指摘に対して、少女は顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。

 先ほどまでおごそかに名乗りを上げて、王女と名乗っていた割には性格が軽い。

 


 俺は少女へ話しかけて、何者か尋ねようとした。

 しかし、言葉の途中でシャーレが答えてくれる。

「えっと、ララ=リア=デュセイア? だったかな? 君は一体?」

「吸血鬼一族の王にして始祖・デュセイア家の長女よ、フォルス」


 この声に、ララはこれでもかと背をのけ反らせてふんぞり返る。


「あ~はっはっは! その通り! 私は魔族の王の一人! デュセイア王が長女ララ=リア=デュセイア! ふふ、どうやら、人間たちにも私たちの名が通っているようね。あ~っはっはっは」


 

 ふんぞり返って笑い続ける彼女を横目に、小声でシャーレに尋ねる。

「魔族って王が二人いるの?」

「二人だけじゃない。全部で五人。魔王はそれら王たちを束ねる立場。元々は魔族の王たちを束ねる魔皇帝だったけど、響きがいまいちだったから千年前に王と魔王に分かれたの」


「あ~、そうなんだ。魔族の事情には明るくないから知らなかった。ありがとう、シャーレ」

「ふふ、フォルスのためだもん」



 優しく微笑むシャーレ。そこへアスカたちがやってる。

「なんぞ、大道芸人か?」

「芸人さんではないみたいですね。吸血鬼の始祖・デュセイアの一族みたいです」

「デュセイア……私が勇者だった時代、何度か戦いました。強敵です」


 俺を囲むように集まるみんな。

 そして、口々にデュセイアの名を出す。


 それが聞こえていたようでララはご満悦そうに笑う。

「ぬっひっひ、私たちってこんなに有名なんだ? 正直、魔王様ばっかり目立って影が薄いと思ってたけどそうじゃなかったんだ~」


 何やら勘違いして喜んでいるようだけど、今はそれは捨て置こう。

 いま重要なのは、何の目的で吸血鬼の始祖であり、王女であるララ=リア=デュセイアがここに現れたのかだ。

 


 シャーレが彼女へ問い掛ける。


「デュセイア家の王女がどうしてこんなところに? 目的は何?」

「ふふ~ん、いいわ。聞かせてあげる。私は寛大だから。私の目的は、あんたたちを私の兵隊にすることよ!!」

「兵隊? 兵なら国にいくらでもいるでしょう?」

「それは……」


 ララは苦虫を噛み潰したような顔を見せて、歯ぎしりを見せた。

 次に、その歯をり上げるように声を漏らす。


「国を失ったのよ……」

「え?」

「国は魔王軍五騎士の一人、ルフォライグによって奪われた! あいつにパパもママも!!」



 そう言って、心に渦巻く憎しみに体を震わすララ。先程までの軽さはどこにもない。

 彼女のセリフと様子から、ルフォライグという者に国だけではなく両親も……。


 レムはシャーレに近づき、耳そばで尋ねる。

「五騎士と言えば、魔王軍の最高幹部。あなたの部下、ですね」

「……部下だった。その中で最も強く、聡明で、信頼していた部下がルフォライグ。そして、巫女フィナクルに従い、真っ先に裏切った……裏切った……裏切……」


 シャーレの声が沈んでいく。

 これ以上、レムは問うことなく声を周囲に広げる。


「事情は、見えませんが、巫女フィナクルは五騎士を使い、他の王の領地へ攻め込んでいるようですね」

 広がる声に俺が問い掛ける。


「同じ魔族なのにどうして?」

「それは、大きな疑問では、ありません。人間族に、置き換えれば、わかりやすい。王が、他の王へ攻撃を仕掛けることも、ありますから」


「だけど、魔王は王を統べる王なんだろ。わざわざ、攻め入らなくても?」

「統べてはいますが、各王には独立した、権限があります。それを取り上げて、魔王の名の下に、いえ、巫女フィナクルの名の下に、全ての権力を集約させるつもりではないかと」

「魔族の全てが自分だけものってことか。いや、この調子だと魔族の全てを手に入れた後に、人間族へ大戦争を仕掛け、世界を自分だけのものにしそうだな」



 さらにアスカとラプユスの声が続く。

「ふむ、話の中心をララとやらに合わせるが、王女であるあやつは多くを失うも、命からがら国からのがれることに成功した、ということか」

「それで、再起を図るつもりなんでしょうか?」


 シャーレが小さな呼吸を繰り返して心を落ち着かせる。

 そして、疑問を漏らす。


「おそらくはそうでしょうけど……ララ、どうして彼らなの? なぜ、この船に乗る者たちを兵士にしようと?」


 問い掛けられたララは両親への想いをしばし静めるべく、大きく息を吐いてから答えを返した。

「はぁ~~~……あんたさ、さっきから気安く私の名前を呼ばないでよっ。でも、ま、私は寛大だから答えてあげる。それはね……」

「それは?」



「水夫が世界最強の男たちと聞いたからよ!!」



「……へ?」


 色恋沙汰が絡まなければ冷静なシャーレが素っ頓狂な声を漏らす。

 それだけ意味がわからない返しだったからだ。

 もちろん、俺たちも意味がわからない。


 呆然とするシャーレを置いて、俺が尋ねてみる。

「水夫が最強って、どういうこと?」

「そうね、語ってあげるわ。私は寛大だから」

「はぁ、それじゃあ、おねがいします」



 そう返すと、ララは蝙蝠たちの中で唯一、赤い鉢巻をしている蝙蝠を肩の上に止めて得意気に語りだす。

「私はルフォライグへ復讐を誓い、国を奪還するために兵を集めることにしたの。でも、敵はあのルフォライグ。生中なまなかな兵では国は取り返せない。そこで屈強な兵を探し旅をして、港町ネーブルの雑貨屋で世界の真実を知ったのよ!」

「真実? 知った? 何を?」


「私は雑貨屋を営むおばあちゃんに尋ねた。強い男っていないって? すると、おばあちゃんはこう返した」



――あ~、それなら水夫の男たちだね~。と~っても頼りになる男たちさ――



「ってね!! だから、水夫の男たちを眷属にしようと思い、今宵、この船に降りったのよ!!」



 彼女の大声に合わせて蝙蝠が空に大きく広がる。

 それはララの威容を表すような姿。

 しかし、俺はそんな威容に焦点を合わせることができずに、ボーっとしてしまった。

 ボーっとしているのは俺だけじゃない。

 シャーレもアスカもラプユスもレムも。


 さらには甲板かんぱんにいたおじいさんに子連れの獣人の家族に若い恋人に老夫婦に、最強の兵士と名指しされた水夫たちも言葉を失いボーっとしている。



 俺は何とか声を形にする。

「頼りがいになる男と、世界最強の兵士は違うよね?」

「はぁ? あんた、おばあちゃんが嘘を言ったっていうの!?」

「いやいや、おばあちゃんは間違ったこと言ってないよ。ただ、君の解釈が間違ってる」

「意味わかんない。ま、あんたみたいな雑魚に及びじゃないから。ふふふ、それじゃあ、水夫たちを私の下僕してあげる」



 そう言って、彼女は口を開き、鋭く尖った二本の牙を見せた。

 赤い舌先で唇を濡らし、こう言葉を続ける。


「吸血鬼に血を吸われた者は、み~んな私の奴隷になるのよ。フフフ、水夫たちから血を吸い上げて虜にしてあげる」

 

 ララは再び舌先で唇をねぶり、大人の妖艶さと子供の純白さを纏いつつ、水夫たちを見つめる。

 このまま彼女の蛮行を見過ごせない――そう思った矢先!?

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