第34話 宵闇の支配者(真昼間です)
――船・
船の先頭部、船首に当たる少し手前には木の床が広がる
俺たちはその甲板に立ち、空から降り注ぐ太陽の光と帆先が風を切る音、海鳥の鳴き声に波音に、水夫たちの威勢の良い声。
そして…………嘔吐音に身を包んでいた。
「お、おえぇぇえぇえぇ。えろろろろろろろぉぉっ~。げぼぼぼぼっぼ。げろげろげろげろ~」
デッキの手すり部分から顔を突き出して、ひたすら嘔吐を繰り返すのは――アスカ。
俺は彼女へ声を掛ける。
「お前が酔うのかよ?」
「う、うるさい。おえ……調子に乗って
またもや、アスカは首を海へ突き出して、魚へ撒き餌を行っている。
その彼女を申し訳なさそうにおじいさんが見守り、ラプユスが回復魔法を手に宿して背中をさすっていた。
「すまないねぇ。あまりのいい食べっぷりにあれもこれもとあげちゃったから」
「いえいえ、それはおじいさまのご厚意。謝る必要なんて。食い意地の張ったアスカさんが悪いんですから」
「おえ、びょう、びょうにんをいたわ、おええええ」
「労わってますよ。だからこそ、邪悪なるあなたに回復魔法を掛けてるんですから。とはいえ、傷ならともかく、病気や消化不良には効果が薄いですが。どうです? 少しは楽になりました」
「ま、まぁ、なんとかな。はぁ、はぁ、はぁ」
アスカは口の周りについた吐しゃ物を素手で拭おうとする。
それをレムが止めて、代わりにハンカチで丁寧に拭きつつ疑問を投げかけている。
「不思議、ですね。アスカは、龍神なのでしょう。神の名を冠する、龍でありながら、消化不良を起こすとは?」
「はぁはぁ……万全ではないからな。おぬしとフォルスの戦いで多少なりとも回復したが、それらは戦闘用に回して内臓の方に回しておらん。内臓の具合はおぬしらとそう変わらんというわけじゃ」
「そうだと言うのに、暴飲暴食? 町でも、食べ過ぎて、喉を詰まらせていましたしね」
「ぬぐぐ、返す言葉もないな……ここまで軟弱とは。ワシが思っておる以上に弱っているようじゃなぁ」
自身を嘆くように言葉を漏らすが、症状の方はかなり落ち着いている様子。
青白かった顔色にも血の気が戻ってきている。
ラプユスの回復魔法のおかげもあるだろうが、彼女自身の回復力もまた並みではないと見える。
アスカのことは大丈夫そうだ。
俺は彼女と介抱しているラプユスとレムから視線を外して、隣に立つシャーレへ移した。
シャーレはアスカへ顔を向けたまま、吹き抜ける海風に舞う艶やかな黒髪を押さえている。
「シャーレ、酔ったりは?」
「え? 私は大丈夫。フォルスは?」
「俺も。たしかに揺れる船に体は慣れないけど、今は興奮が上回ってるからね」
乗船後、シャーレと一緒に船を見学してあちこちを見てきた。
船は大きさに比例して大変部屋数が多い。
大きな食堂にシャワー室も完備してあって、庶民が旅する船とは思えないくらいに豪勢なつくりだ。
一等客室になるとわざわざ食堂へ行く必要もなく、個々の部屋で食堂で出されるメニューとは違うものが出されるそうだ。
俺たちはというと、二等客室の中で一番広い大部屋を利用している。
ナグライダ退治とレムの件で教会から多額の報酬を得ているためアスカは一等客室を選んでいたのだけど、俺としてはそれだと冒険って感じがしないので、自分だけ雑魚寝しかできない三等客室を利用したいとわがままを通した。
しかし、それを口にすればみんなが気を遣うに決まっている。
そんなことに気が回らず、自分の冒険だけを見つめていたことを反省しないといけない。
結局、折衷案として二等客室でみんなで寝泊まりできる大部屋となったのだ。
女性ばかりの部屋に男の俺が居ていいのか? と思ったが、どの道シャーレが潜り込んでくる。
そんなわけで、みんなと同じ部屋で。ということで落ち着いた。
俺はシャーレから視線を外し、初めての航海に興奮冷めやらぬ体とは裏腹に、
「できれば、動力部も見たかったんだけどなぁ。魔導の力で動いてるらしいけど」
「ふふ、関係者以外立ち入れないと言われたとき、フォルスってば子どもみたいにがっかりしてたもんね」
「子どもみたいって……まぁ、そうかもな。あははは」
「うふふふ」
シャーレと互いに微笑みを交わし合う。
こうやって接していると本当に普通の女の子。
とても魔族を統べる魔王には見えない。
暴走して俺ごと殺しかねない女の子には見えない。
これが彼女本来の姿なのだろうか?
彼女は同族である魔族に裏切られ、心に傷を負い、自暴自棄になっていた。
そんな彼女は俺が見せた優しさに縋り、惚れた――。
惚れた?
本当に?
心に生まれた隙間を埋めようとして、俺へ縋っているだけでは?
彼女の本当の心はまだわからない。
そのわからないには、別のわからないが付いている。
時折、彼女が見せる視線。
いや、彼女だけじゃない。
アスカ・ラプユス・レムが見せる視線。
俺に親しみを向ける視線でありながら、俺ではない別の場所を見つめるような視線。
あの視線を受けるたびに、旅をする仲間でありながら奇妙な疎外感を覚える。
それが一体何なのか?
俺は剣へ瞳を落とす。
(
問うても、返答などあるはずがない。
これらの答えがわからない限り、シャーレの想いに答えるわけにはいかない。
しっかりと見極め、そして何より、俺自身の心にシャーレに対する想いがあるのかどうかも見極めないと。
今はまだ、彼女たちから受ける優しさと疎外感が同居して答えが出せない……。
「フォルス?」
「へ?」
「どうしたの? 何か考え事?」
「いや、何でもないよシャーレ。少し酔ったかな?」
俺は心を誤魔化そうと大きく深呼吸をする。
その様子をシャーレが心配そうに見つめる。
「本当に大丈夫。酔い止めの薬を貰ってこようか?」
「薬を飲む程じゃないよ。こうやって海風に当たってるだけで十分」
そう言って、広々とした
幼くモフモフな獣人の子どもが走り回り、それを同じくモフモフな父親と母親が優しく諫める。若い恋人が肩を寄せ合い海を眺めている。老夫婦がベンチに座り、暖かな日差しと涼しげな海風を前に優しく微笑む。
日によく焼けた水夫たちが威勢よく声を飛ばして何やら作業を行う。
様々な人間や獣人。老若男女が思い思いに旅を満喫する。
俺はそんな穏やかな1ページに口元を綻ばせた。
「ふふ、船旅ってのはのんびりでいいな」
「ええ、そう――っ!? フォルス、下がって!!」
突如、シャーレが俺の前に立ち、黒の瞳をこれでもかと大きく見開き、空を見つめた。
すると、その見つめた先に無数の黒色の鳥たちが集まってきた。
いや、あれは鳥じゃない――蝙蝠!?
「うふふふふ、あははは、あ~はっはっはっは!!」
蝙蝠の群れの中から少女の笑い声が響く。
蝙蝠は人影を
少女は蝙蝠に包まれながら、高らかにこう宣言する、
「我が名はララ=リア=デュセイア! 吸血鬼の始祖にして、王女!! 恐れを抱く者は
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