第45話

 絢爛な王宮や屋敷、整然とした官庁街も好きだ。学生たちが帰ってしまった、静謐な学園だって嫌いではない。下世話で活気に満ちた下町も好感が持てる。臭いが気になりはするが、冒険者ギルドだってボクにとって気の置けない場所になりつつある。でも、城門の外の開放感もまた捨てがたい魅力にあふれている。


 天候にも恵まれ行程は順調だった。

 秋の折返しのこの季節、空は淡く高く、空気は実りの喜びに満ちている。もうすぐ冬がやってくるそれまでの落ち着いた時間……。

 途中街や村があれば立ち寄り、駅舎では情報を収集しつつ、目標の洞窟へと近付いていく。最後の駅舎では特に念入りに状況を尋ねた。

 洞窟そばから交代で戻ってきたという兵士によると、洞窟はたまたま近くを通ったハンターが見つけたそうで、最後に通った時にはあんなところに洞窟はなかったと記憶していると言う。そのため、現在、人の出入りは帝国によって厳重に禁止されている。モンスターの類は洞窟から出てくる気配はないそうだ。


 モンスターの知識がある兵士は、暗い所、あるいは狭い場所を好む種類もかなり多いと言っていた。また、モンスターではないが、大型のコウモリや大型の害虫などが生息している可能性はかなり大きいという。充分にありえる話だ。洞窟自体、行き止まりや、滑落しやすい箇所なども当然あるようなので、かなり危険度は高い。

 入り口付近には人工的な何かがあるわけではないが、新しく発見された洞窟だけに中に何があるのかまったく見当の付けようもない。仮に内部に遺跡などが見つかればさらに調査を行う必要が出てくるが、何もないとしても、洞窟内部の状況をある程度つかんでいれば、いろいろとやりやすい。


 そこで高ランク冒険者の出番となったわけだ。

 最後の駅舎から洞窟までは、脇の獣道に入って足掛け二日ほどで付くというので、少し多めの心付けをボクは渡し、馬を預けて、必要最低限の荷物だけを背に森へ分け入っていく。何度も行き来したという兵士が、先導役として案内してくれた。これまでに兵士だろう、人が何度か通った跡があり、目印もしっかりと打ってあった。脇道にそれてからの時間をやや多めに見積もっていただけに、嬉しい誤算だ。これで多少なりとも洞窟の調査に時間を割けるのはありがたい。

 屯所は思ったほど規模は大きくなかった。

 ほとんど人が通らないため、五人ほどが詰め、外よりも、むしろ内側の異変に気を配っていた。


「君が、いえ、あなたがギルドから派遣されたSランク冒険者……」


 どの駅舎でも聞かれた。

 Sランク冒険者が調査に赴く旨は伝わっているのだから、ちょっとした人相なり性別なりも一緒に伝えてくれていれば、その度に指輪を見せては確認してもらう必要はなかったのだ。それもどうやらこの屯所で最後になりそうなので幸いだが、戻ったら、あのアバズレ受付嬢にでも苦情を伝えるのを忘れないようにしておかなければならない。

 屯所に着いたのが日没直前でもあったため、明日の早朝から内部の探索を始める、今夜は早目に休むので明日の朝までは起こさないように、食事は必要ない、とそれだけを告げ、当てがわれたテントへと入った。背負ってきた荷物をあらため、持って入る装備だけを、別に持ってきていた小さなリュックへと詰め直す。それから外の気配を窺ってボクはそっとテントを抜け出した。

 明朝でももちろん構わないのだが、内部の調査になるべく時間を割きたいボクは、今夜の内に出来る限り外部の調査をやってしまおうと考えていた。

 別に内緒にする必要もなかったのだが、夜の調査を行うと言うと、いろいろと詮索され、同行すると言われるのも面倒だ。それに調査と言っても大掛かりなものでもなく、それほど時間を必要としない。周辺に異状がないかどうかを確認するだけの話なのだ。


 洞窟の入り口を起点に、東西南北に一定時間走って戻ってくるだけだ。東西南北が終わってまだ時間があるようなら、北東、南東と方角を絞り込んで走り抜ければそれでいい。洞窟の入り口には屯所があるので、目につかないように、大まかな目測でスタート位置を決めると、ボクは一直線に走り出した。

 日は落ちたが、月明かりがある。それほど強くはないが美しい月だ。それでもボクには充分だった。大きな木などは回り込むが、ちょっとした岩石などはそのまま飛び越えて、とにかく真っ直ぐに進む。異状は感覚が教えてくれる。結果から言うと、特に異状はなかった。なかったものの、いいものを見つけた。

 それは、ボクが初めての来訪者に違いないと思わせるような、清く澄んだ泉で、洞窟の北西方向にあった。こぢんまりとしたその泉は、ボクの部屋の広さもないほどだった。

 旅に出ると、なかなかに湯浴みの機会がなく、濡れたタオルで身体を拭くぐらいがせいぜいだ。ボクはこれ幸いと服を脱ぐと、近くの木にぶら下げて水を浴びた。少し寒いぐらいの季節だが、ボクにはあまり関係がない。

 水は清冽だったが、冷ややかさはなく、何となくだが、ボクの訪れを待っていてくれたのではないかと思えた。一番深いところでもボクの胸より少し下程度、底は粒の揃った角のない小石で敷き詰められているようで、足の裏への感触も格別だ。確認はしていないが、底のどこかに流れ口があるようだった。きっとこの泉に歓迎されているに違いない。うってつけの場所を見つけた思いのボクの鼻歌は、やがて小さな歌声へと変わり、緩やかに森の中へと溶けていった。

 その瞬間、ボクはハッとした。動きを止めず、歌も続けたまま、気配を探った。

 確かに何かの気配がした。ただ、気配といってもごくごくわずか、ちょっと重たい気体が動いたような微かな動きを感じたのだ。

 しばらくはそのままの動きで様子を窺ったが、気配はなくなっていた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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