第36話
オルガスは手を顎に当てて言う。
「と、言うわけだ。ミス・ミタマを必ず説得するからとこの娘は言ったんだが、本当に構わないのかい、君は?」
どうやら、オルガスも薄々はユリスに狂言に勘付いているようだ。
ボクが知っているのも分かっている節もあるが、話がここまできた以上、互いに分からないフリをする猿芝居を演じ続けるしかないようだ。この場で本当の話をしてしまうと、却って混乱が増すばかりで収拾がつかなくなるだろう。
「ええ、構いません」
ボクは応える。
「分かったそれではお願いするとしよう。君の条件は問題ない」
オルガスは言う。
そうでなくてはもちろんボクが困る。
ボクがひとりで動く分にはもちろん無条件だ。官給に関しては、今までの下宿に支払っていた家賃と同額をオルガス家に支払い先を変えるだけで問題ないそうだ。
その上に士爵にはなったものの、封地を持っていないため、帝国から俸給が支払われる分プラスになるから、今より生活は楽になるだろうとオルガスは言う。もっとも、ユリス邸に入ったボクを貧窮させるつもりは微塵もないんだが、とオルガスは付け加えた。
「では、陛下には私からお伝えしておこう。いずれ冒険者ギルドから連絡が入るはずだから待っていてもらいたい。それから印章を受け取れば、二人はSランクの冒険者だ。それと、ミス・ミタマは帰りに貴族庁へ寄るように。士爵位の認可の手配も、私がしておいたから、行けばすぐ分かるはずだ」
ボクはオルガスに礼を言う。
「お聞き届けいただきありがとうございます」
少し白々しいがそう言うしかないからだ。
「ミス・ミタマは我が家の家宰に責任を持って下宿まで送り届けるよう伝えてある。ユリスは少しここに残りなさい」
ボクは再度、頭を下げる。
「いろいろ、お気遣いありがとうございます。じゃあ、ユリス、また明日」
ボクは立ち上がった。
おそらくお小言の時間に違いないが、猿芝居の甲斐はあったはずだ。お小言をもらったとしても、ユリスにとっては相当にプラスの方が上回っている。心の中でユリスに舌を出しながら、ボクは部屋を後にしたのだった。
オルガスが言う通り、貴族庁には話がすでに通してあり、何ら問題なくボクは士爵に叙任され、印章を受け取った。紋章を登録するようにとのことだったので、ボクは、筆記具を借用して、その場の思い付きで少しだけ考えて、紋章を手書きで貴族庁へ申請した。
その紋章は、正三角形の頂点に接する円と、正三角形の各辺の中央を中心とし、辺の長さの三分の二を直径とする三つの円で構成され、重ならない部分を黒塗りにしたものだ。普通、剣とか盾や花などを紋章に組み込むものだが、幾何学的な紋章は皆無らしく、貴族庁の職員も、変わった紋章にするのですね、と言っていたくらいだ。
約束通り、下宿まではオルガス家の家宰が馬車で送り届けてくれた。篤く礼をしたボクは部屋へは向かわず、向かい側の大家宅へと向かった。
幸いにも大家は在宅していた。いろいろ経緯があって、これからは官庁街にあるユリス邸で暮らさなければならなくなったと伝えると、小太りで少し頭の禿げ上がった大家は言った。
「叙任されたとお伺いしておりましたので、下宿を出られるとは思っておりました。貴族へのご出世、大変おめでとうございます。あなたのような方に住まわっていただいて、大変な名誉でございました」
やけに丁寧に対応されてしまった。
「ご丁寧に痛み入ります。ですが、叙任されたとはいえ封地があるわけでもありませんし、今まで通り学生の一人ですよ。引っ越しはおそらく近いうちになると思います。鍵もその時にお返ししますから」
それだけ言って、こちらこそ長らくお世話になりました、と頭を下げたのだった。
冒険者ギルドへの参加は、実はある程度、想定はしていた。しかし、それは大学院まで進んでからだと踏んでいた。進学し、冒険者ギルドに入り、研究の合間に、ボクの身体の中の三つのキューブと関連があるかもしれない様々な依頼をこなしていく。もちろんEランクからのスタートなので最初は覚束ないかもしれないが、ランクを上げていければ、かなり依頼を選べるようになる。
だから、こんなに早く、このような形で下宿を出る展開は予想もしていなかった。
でも、と部屋への階段を下りながらボクは思いもする。
ユリスと出会って友達になれて本当に良かったし、ユリスの足を治して全く後悔なんてない。ライデル杯に出場し優勝して、多少、戸惑いもあったけれども、全てボクが決めたんだ。後戻りもしたくない。
何が正しくて、何が間違っているのか、はっきりと分かるものもあるけれども、分からないものだってある。その時々の選択は、後になってしか正解は分からないし、枝分かれする可能性などというものは、あったとしても今の自分にとっては存在しないのだから意味はない。
「だから今でいいんだ」
ボクはボクに言い聞かせる。
ユリスと一緒に暮らすようになれば、もっといろいろと何かが起こるだろうし、時には喧嘩だってするかもしれない。ボクの秘密を打ち明けるタイミングはもっと早くなるだろう。それはそれでいい。もしそれで拒絶されるようなら、その時に謝って姿を消せばいいのだから……。
色々な思いが頭の中を行っては戻り、戻っては行き過ぎる。でも、迷う必要なんてないんだ。不安を振り払うように、ボクは鍵穴にキーを差し込むと、いつもより勢いよく回したのだった。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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