第34話
部屋へと入ってきた男性はもちろんユリスの兄で、名をクランスといい隣の女性が、彼の正妃で名をシズと言った。ユリスの兄クランスはどちらかと言えば母親のテンデルに似て端正な顔立ちをした貴公子で、シズもどことなしかテンデルに似て芯の強そうな淑やかな美しさを持っている。聞くと、シズはテンデルの遠縁にあたるらしい、クランスとは幼馴染み。皇家では珍しく恋愛結婚だそうで、夫婦仲はことのほか良いと王宮ではもっぱららしい。
「まあ、自己紹介はこの程度にして、食事にするとしよう。礼儀やマナーはそう気にするには当たらないから、ゆっくりとくつろぎながらお話しようじゃないか。まずは優勝おめでとう、ユリスそしてミス・ミタマ」
乾杯が済み、オルガスが手を叩くと、前菜から食事が始まった。
料理は華美ではないものの、どれも手間暇というよりは、心尽くしの文字通りのご馳走ばかりだった。ユリスによると、彼女の屋敷の件の料理長も手伝いにきて、発奮して調理をしてくれているらしい。
会話は多方面に弾んだが、大会の優勝より何より、オルガス家にとっては、ユリスの足の完治が最も大きな喜びだったようだ。一体どうやって治したのか? と興味津々に問いかけられたが、そこは上手くはぐらかしつつ、ユリスの歩きたいという衝動にちょっと手を加えただけですよ、とだけ説明しておいた。
ボクの出自についても聞かれた。
「幼少の頃に両親が病没して詳しくは分からないけれど、ここよりもっと東の方で生まれたらしいのです」
ボクはそう話しておいた。
他にも、ユリスの兄夫婦の馴れ初めだとか、小さい頃のユリスのエピソードだとか、そもそものユリスとボク、二人の出会いだとか、テンデルの故郷の話だとか、話題は尽きなかった。
「そうそう、お父様。スミタマが優勝のご褒美について、聞きたいんだって。何かおねだりしたいものがあるみたいなの、よければ聞いて上げて、宮廷に大丈夫かどうか打診をしておいてもらいたいんだけれど、お願いできる?」
ユリスが水を向けてくれて正直ほっとした。ボクから切り出すと何だかおこがましい気がしていたのだ。
「毎年、優勝者には相応の褒美が与えられているから、かなり無理は通るはずだよ、ミス・ミタマ。一体、何だね?」
少しお酒も入り、鷹揚にオルガスは尋ねる。
「はい。ありがとうございます。実は私が欲しいのは冒険者ギルドのSランクなんです」
ボクは言う。
ユリス以外のオルガス家一同、少しびっくりしたようだ。さっきまで鷹揚だったオルガスも驚きで酔いが醒めてしまったような顔をしている。普通なら、将来の近衛師団、魔導士大隊への入隊とか、封地や屋敷だとか武器や財宝などを望むのが当然と思われているからだ。
「おそらくそれは簡単に裁可されるだろうけれど、よりによってという気がしないでもない。何か特別な理由があるのなら教えておいてくれないか? それだと私からも陛下へ口添えがしやすい」
そう言うオルガスのもっともな問いかけにボクは応える。
「冒険者ギルドに入れば、色々な依頼がありますが、Sランクであれば、無条件で全ての依頼を受けられるからです。私は歴史や考古学、風俗学、地勢学、生態学などに興味があります。そういった関連の依頼を受けられるなら、実地でそれらを学べると考えているからなんです」
ふむふむと頷くオルガスに向かって、ユリスは言う。
「そういえばスミタマはいつも、歴史とか古代の生物とか、考古学とかの小難しい本を図書館から借り出してはテラスで読んでいるわよ。将来はそういう方向に進むつもりなのかしら? ねえ、お父様。私、ご褒美は辞退するつもりだったけれど、簡単にもらえるのなら、私もスミタマと一緒に冒険者ギルドのSランクが欲しいわ」
ユリスのおねだりだ。
なんだかスミタマと一緒に冒険できるかと思うと、ちょっとワクワクしてきて、ライデル杯よりも楽しそう、などと無邪気なユリスを見て、オルガスは少し唸った。
「冒険者ギルドもそうだが、冒険者自体がはぐれものというか、ユリスやミス・ミタマと一緒にいていいような連中じゃないから、諸手を挙げて賛成、という訳にはいかないんだが……」
オルガスは口ごもる。
だが、請け負った上に理由もはっきりと伝えてくれた以上、ボクの願いを聞き届けないわけにはいかない。必ず陛下には直接奏上する。そうオルガスは言ってくれた。しかし、一言付け加える。
「ミス・ミタマなら良くて、ユリスならダメというわけではないのだが、ユリスはもう少し考えてから答えを出しなさい。格式がどうこう以前に、冒険者ギルドというところは……」
言葉を濁しつつ、ユリスは釘を刺されてしまった。
そう、冒険者ギルドや冒険者はそれほどタチが悪く、およそお姫様にはもっとも不似合いなのだ。ボクは多少調べて知ってはいるが、おそらくユリスは冒険者ギルドが一体、何なのか知らないだろう。好奇心だけで所属するにはあまりにも低俗で下品過ぎる。オルガスでなくとも、我が子を愛する親ならば、心配するのは当然だろう。
あらかた食事も終わり、紅茶にデザートを楽しんでいる時、ユリスがボクにだけ聞こえるような小さな声で言った。
「ねえ、スミタマが王宮にいろいろな用事で行くの、ちょっと待っててもらえる? 私、お父様を必ず説得してみせるから、一緒にご褒美をもらいにいきましょうよ?」
それはそれで構わないよ。そうボクは言う。
「別にいいけど、少しだけでいいから冒険者ギルドを調べてから、ご褒美にするかどうか考えた方がいいよ」
一応ユリスに忠告はした、多分、聞き流されてしまっただろうけれど……。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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