第6話
ボクは図書館の裏手に回り込んだ。どこか開いている窓か扉がないかと探してみたが、流石にきっちりと施錠してある。仕方がない。余り多用はしたくないのだが、ボクは指を細く尖らせる。そして、裏の職員出入口の扉の鍵穴に突っ込んだ。鍵の構造は単純で、ボクは扉を開けた。
「忍び込むのだから、まあ、当然だけど、やっぱりなんだがか泥棒みたいだな。くせにならないようにしないとね」
ごまかすように呟いた声が、廊下に反響する。念のために周囲を確認しつつ、忍び足で中に入ると、内側から施錠して、図書館ホールへと向かう。
普段、頻繁に利用しているので、どこにどのようなジャンルの本が収蔵されているのかは熟知している。ほぼ毎日のように図書館で本を借り出して、テラスで読書をしつつ、思索にふけっているのだ。
ボクの記憶が途切れてからのこの世界の歴史や、大きく変わってしまったこの星の地勢や生物生態学関連の本を手当り次第、興味の湧くままに読み漁っている。
学院に付属している帝国立の図書館には膨大な蔵書があり、もちろん歴史や地理、生物に関する本も読み切れないほどの量がある。原則、貸し出しはしていないので、学院での空き時間を有益に使って読み進めなければならないが、反芻し考える時間に、より長い時間を取られてしまって、あまり読み進められていないのが現実なのだ。
ボクは読みかけの歴史の本を取り出すといつものテラス席に、というわけもいかず、窓際の席に座って片肘をつきながら本を読み始めた。幸い今日は天候も良く月の出も早かった。元々夜目が効くが、やはり灯りがあれば読み進めやすい。月明かりは意外なほど明るかった。街灯などはよほどの大通りにしかなく、みんなを楽しませるために、建物をライトアップする必要も発想もない時代だ。
歴史の本といっても有史以前の歴史、考古学や神話の時代により関心をはらっている。人類は一体どこからやってきたのか? 他の種族、例えばゴブリンやオーク、オーガ、ドワーフなども同様にいつ生まれたのか? なぜ前の世界にはいなくて、今の世界にはいるのか?
必ずしも事実を言い当てているわけではないが、神話は単なる荒唐無稽な作り話ではないはずだ。仮に作り話であったとしても、なぜそのような作り話にしたのか、無駄な部分を削りとれば、逆に真理が現れたりもするものだ。嘘を付くのにも必然がある。
だから神話には意味がある。
全くの最初から作り話を考えるよりも、何か元になるネタがあったほうが簡単だ。幹さえあれば枝葉はどうにでもなる。神話とはそのようなものだと思っている。だから自分で考えていく際、分からない部分や怪しい箇所を切り捨てて読み進んでいくと、全てを切り捨ててしまって、結局何も残らなかった、なんて場合もあるが、それはボクの知識と洞察が至らなかったためであって、やはり知識や教養としての歴史は人には絶対に必要だ。
人間の神話すら手探り状態で学んでいるボクにとって、その他の種族の発生や歴史は全くの手つかずだ。
意志の疎通はできる。発生神話などもあり、彼らが関係する遺跡なども残っているらしいが、今のところ調査の手は及んでいない。種族によっては口伝でのみ歴史が語られている場合も多い。いずれにせよ、人間との協力関係をしっかり築いてからでなければ進めていくのは難しい。彼らと人類との接触は、人間側の主観で記述されていても、人間は人間の歴史にしか興味がない。その他の種族の歴史にまで光は届かず闇の中だ。だが、その闇の中には確実に真実が横たわっていて、ボクが来るのを待っていてくれているはずなのだ。
今は人類の神話、特にこの地域の神話を読んでは考えているが、東よりもより西からこの地域の人々はやってきた気配が濃厚だ。
稲作や麦作の伝播、青銅器や鉄器の発掘状況などからも裏付けられるそうで、今後の考古学の発展でその詳細なコースなども分かってくる可能性も高いだろう。
今後の調査を待つまでもなく、いずれ自分の足で調べて回ってもいいが、そのためにも今は勉学に身を入れる時期なのだと思う。こうやって知識を蓄えるのも大切だが、高等学院でいい成績を修め、さらに上の大学院にまで進学できれば、より深く学べるはずだし、調査などもやりやすくなるに違いない。
そうこうするうちに、月は傾き、東の空が濃い紺色から深い紫色へと変化し始めた。もうじき日が昇る。結局、それほど読み進められず、ぼんやりと時間をつぶしてしまっただけに終わってしまったが特に読書がメインの予定ではないので問題はない。
ボクは日が昇り切る前には図書館を出て、来た道を自分の下宿へと戻った。
玄関前は昨夕と同じで、あれから人がやってきた気配はなかった。
少し神経質になりすぎたかもしれないな、などと思いつつ、ドアノブにぶら下げた荷物を手に、鍵を開け部屋の中へと入った。
部屋の中はいつも通り、出掛けたままの状態だった。少しだけ調べてみたが、部屋に誰かが入った形跡はなかった。
学院が始まるまで休みは残り一日。誰かが来るかもしれないと、多少、気を張り期待しながら最後の休日は部屋からは出ないようにして、何者かの訪れを待った。
いつも通り、両手をだらりと下げてだらしなく椅子に腰掛ける。ぼんやりとししつつも、意識は扉の向こう側へと向けたまま殆どの時間をそうやって時間を潰したのだが、特に誰かが訪れるわけでもなく、その日は暮れてしまった。
誰か来るかもしれない、からどうせなら誰か来て欲しいという思いで、どこの誰か分からない人を待ったのだが、結局、誰も来なかったし、何も起こらなかった。
「居ない日には来るくせに、居ると来ない。ままならないものだ、人間というものは」
ボクは、肩透かしを食った自分自身に腹を立てたのか、肩透かしを食らわせたどこかの誰かに気分を害されたのか、複雑で微妙な気分のままでその日は一日を棒に振ってしまったのだった。
と言っても、普段から部屋にいるときは、特に何もせず茫洋としてばかりいるから、いつもの休日といえばいつもの休日だったのだけれども……。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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