第2話

 幸い、この世界に暮らすどの種族に比べても知能指数はかなり高く、入学以来、成績はトップを維持している。生活も帝国の保護の元、不自由なく暮らせていけている。もっとも自分の力を少し発揮すれば贅沢はいくらでもできるのだが、今はまだまだ準備段階。好成績を維持したまま、大学院に進めば、いろいろと進路も広がり、今後のためにもメリットは大きいと目論んでいる。


 明日から学院は創立記念日で一週間ほど休校だ。ランチを作って、あのコールドスリープカフセルの眠るシェルターまで足を伸ばす予定を立てている。


 すでに何度か足を運んでいるのだが、何かを思い出したいときには、ふと自然と足が向く。やはりあの場所が現在の出発点であり、過去とボクをつなぐたったひとつの接点でもあるからだろう。

 特異な身体のおかげで、食べる必要も眠る必要もないのだけれど、人間社会に馴染まなければならない。ボクはパンと燻製肉を少し頬張り、そのままベッドに倒れ込む。布団の中でもぞもぞと服を脱ぎ、椅子の背もたれへと投げ込んで、ボクはそのまま寝入るふりをする。


 娯楽の少ないこの世界では、夜はせいぜい賭場か、酒場程度しか時間の潰し場がない。もちろん高等学院生の出入りしていい場所ではなく、やることといえば、ちょっとした武術鍛錬や魔導術訓練、あるいは勉強、読書といったところなのだ。日が暮れてからはなおさらで、ランプをつけてまで読書に勤しむのはよっぽどの研究者などに限られるのではないだろうか。


 本の流通量は少ない。帝立図書館は流石に蔵書量は多いものの、許可がなければ読めない本も多く、持ち出しは禁止されている。それだけ貴重なのだ。ボクは真っ暗闇でも文字が読み取れるけれども、今は、学業専念を胸に刻んだふりをして狸寝入りを決め込むのだった。

 習慣が身についてきたのか、目覚めはスッキリとしたものだった。微睡んでいたらしい。時刻はまだ夜明け前だろうが、睡眠時間としては充分すぎる。手早く昨日買っておいた食材でサンドイッチを作り、バスケットに詰め、紅茶を淹れる。これで準備は万端。気候もいいのでピクニック感覚でと言いたいところだが、休校は今週だけ、それなりに急ぐ必要がある。


 ボクはことさらにゆっくりと歩き出し、城門を目指した。高等学院生であるボクには、城門をくぐるにも学院の発行する許可証がいる。

 死んでしまった両親の事情を知る者が近在の村に住んでいる。その人物と旧交を温めに行くとのいういつもの理由は簡単に受理された。何度か行き来し顔見知りとなっている門番衛士も多い。


「気を付けて行っておいで。何か分かるといいね」


 気軽に声をかけてくれた。

 実際には完全に家族や親族はいないのだけれど、親類につながる情報が獲られるかもしれない、という触れ込みの健気な少女を疑う者は少ない。


「ありがとうございます。学院が始まるまでには帰る予定ですから、よろしくお願いします」


 ボクはいつものように深々と頭を下げて街を後にした。優等生には得が多い。

 ゆっくりと歩き、城門が見えなくなると、被っていた肩まですっぽりと覆う頭巾を小脇に抱え込んで、全速力に切り替える。完全に日は上りきってはいない。

 日の出前だ。もちろん人影もない。


 向かうのは最初の森。ここでは「最果ての深森」と呼ばれている。

 帝国にまつろわぬ人間族を始め、自給自足で暮らすオークや、オーガ、ゴブリンはもとより、魔獣や怪鳥、亜龍などが跋扈する危険な森として知られており、外縁部を除いて、近づく者はほとんどいない。


 討伐や狩猟が目的ではないから、スピードが全てだ、可能な限り生命体との接触は避け、遭遇しても無視して速度で押し渡る。これもいつものことだ。出会ったとしても速度を落とすことなく切り倒していく。振り返りはしない。

 得物は手のひらよりふた周りほど大きい三日月刃のナイフだ。人差し指に指貫状の円環がついていて、クルクルと回し急所を切り裂く。ソードや槍ももちろん使えるが、攻撃速度と取り回しの良さが抜群のお気に入りだ。身体の大きさにもあっている。


 幸いにも、二日ほどの全速力で、何者にも遭遇せずにカプセルのあるシェルターにたどり着いた。深い森のほぼ中央だ。人跡未踏で道などももちろんない。

 目印となる巨大きなクスノキの虚の内側に不似合いな例の扉が居座っている。もちろん、人が踏み入れた形跡など微塵もない。中には、カプセルと備品程度で特に珍しいものはないが、それはボクにとってであって、近世期のものとは明らかに異質なこの部屋が発見されれば大事件になる。それは間違いない。


 指紋認証で扉を開き、階段を下る。正面の扉の向こう側に目覚めた部屋がある。

 カプセルは明らかに、今の時代の水準を遥かに超えた歴史遺物だ。流体の表面をなめらかな金属が覆い、硬質ガラスから内部の様子が伺える。開いた扉にはネームプレートがはめ込まれ、名前が刻まれている。


「ミスミ・タマオ」


 もちろんこれがボクの名前だ。

 プレートに手を触れると、カプセルの扉を大きく開き、目覚めたあのときと同じように横になる。いつものように、どっと記憶の奔流に飲み込まれていく。住処にいたのでは感知できない、この部屋独特の現象だ。

 思い出すのは遠い遠い記憶。二万四千年前の記憶。



【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139556934012206#reviews

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