第二章 Be with me/総一郎2

「食事中、すまん! 今から課題完成させるからちょっと邪魔するぜ」

 昼休みの食堂のテーブルに咲さんは数時間後に提出のプリントと筆記具を置いた。

神楽小路かぐらこうじくん、佐野さのさん、まだお食事中なのにすいません」

 僕は目の前に座る二人に軽く頭を下げる。

「いいよいいよ、気にしないで」

 笑顔を浮かべる佐野さんと、

「また桂は課題をしてきていないのか」

 神楽小路くんは苦虫を噛み潰したような表情だ。

「神楽小路は総一郎とおんなじこと言う」

「言うだろう」

「言いますよね」

 と頷きあう男二人に対し、

「でもでも、咲ちゃんはちゃんと提出期限までには出してるから」

真綾まあや、そうだよな! 期限に間に合えばオッケーだよな!」

女性陣は固く握手する。

この大学に来なければきっと出会えなかった僕ら。どこかでつながって、どこか反対な僕らだから仲良くしてるんだろうな。偶然って本当に面白いななんて、心の中で笑う。

「そういえば、もうすぐクリスマスだよ」

「早いものだな」

「ね! ついこの間、喜志芸祭きしげいさい終わったなぁなんて思ってたらもう冬休みだもんね」

「冬休みか……真綾に会えなくなるのは寂しいな」

「そうだねぇ。いつもなら冬休みは心躍ってたのに」


 十二月も中旬に入り、来週は授業も終わり、冬期休暇に入る。例年だったら、長期休暇はずっと家に閉じこめられ、息抜きが出来ず、苦痛でしかなかった。だけど今年は違う。

 夏季休暇も咲さんのおかげで楽しく過ごせた。まだ付き合う前だったから、時間が合えば一緒にご飯を食べるくらいのことだった。そんな些細なことでも、僕にとっては大切な時間に変わりない。

 そんな中で大きな思い出が一つ……八月に花火を一緒に見に行ったことだ。花火があんなに綺麗だなんて知らなかった。咲さんにスマホでの花火の撮り方教えてもらったおかげで、今でも画像フォルダにはあの日の花火が手のひらサイズで残っている。花火を見た帰り、本当は咲さんに告白するつもりで行動していた。「花火を見た帰りに告白」なんて、あまりにもベタな計画だったが、言えなかった。断られ、そのあと拒絶されるのが怖さに負けた。

 喜志芸祭翌日に告白して今に至るけど、話の流れで告白したようなもので、かっこいい告白を出来なかったことを今も少し後悔している。


「バイトを始めるまでクリスマスなどのイベントごとを全く気にしてなかったのですが、あんなにプレゼントを買い求めに来るとはと。それこそ、佐野さんはケーキ屋さんで働いてらっしゃるから……」

「想像していた何倍も大変だよ。今は予約受けつけるだけでいっぱいいっぱい。ほとんどの人はクリスマスイブか、クリスマス当日に引き取り希望だから『これだけの人が一斉に来店するのか』と思うとちょっと怖くて」

「終わるまで大変ですね」

「でも、クリスマス頑張ったら君彦きみひこくんのお家に一泊二日でお泊りするの。ね、君彦くん」

「ああ。全力で真綾を労わろうと思ってな」

「良いですね」

「駿河たちはどうするんだ?」

「僕らもクリスマス終わるまではデートには行けそうにないですね」

 咲さんはプリントに書きこみながら、「だなぁ……」とだけ返事する。

「クリスマスをゆっくり過ごすなんて夢のまた夢だねぇ……」

 佐野さんはそう言うと、小さくため息をついた。

 

 六限目の授業を終え、僕らは喜志駅のホームで電車が来るのを待つ。

「今日の昼話してたけどさ、クリスマス終わってからって総一郎は用事あんの?」

「僕は何もないですよ。帰省なんてもちろんしませんし、いつも通り、ここで起きてバイト行って寝ます」

「そうか。じゃあ、一緒にいられるな」

「咲さんは帰省しないんですか?」

「おう、しないよ」

「夏季休暇の時も帰ってなかったですけど、良いんですか?」

「帰省シーズンに帰るなんてワタシが嫌なんだよ。人は多いし、交通費だって高くなるしさ。それなのにお父さんは『バイトしてるんだから、自分で交通費出しなさい』なんて言うし」

「往復で咲さんの一か月の書籍代に匹敵しそうですね」

「だって、本はさぁ、『これだ』って感じた時に買わねぇと売り場からすぐ消えて、絶版なっちまうし……」

 と言葉を濁す。

「ご両親が寂しがりませんか? 咲さんは一人娘な訳ですし」

「ぜーんぜん。お母さんに至っては『久しぶりにお父さんと二人きりなのが嬉しい。新婚気分です』ってハートの絵文字付きで送って来たよ」

「照れ隠しですよ、きっと」

「そうかぁ? とにかく人の流れが少ない時期に一度帰るって伝えてる」

「次、帰省される時は……」

「もちろん総一郎には一言かけるから」

「ありがとうございます。その……その時は一緒に同行させてもらってもいいですか?」

「え! ワタシの実家にか?」

「ええ。咲さんとは半分同棲してるようなものですし。ご挨拶も兼ねて咲さんの故郷を見てみたいんです」

「なんもねぇとこだけど、それでいいなら」

「そのつもりでよろしくお願いします」

「おう」

 咲さんが僕の手を握る。

「総一郎を紹介すんの、楽しみだ」

 そう言って笑う。こうして手を繋ぎ、近くで笑顔を見れるのが今はただただ幸せだ。

 そんなあたたかな気持ちに浸っていると北風が吹く。あまりの冷たさに電車待ちの人々から悲鳴が上がる。繋いだ手を僕のコートのポケットに入れる。

「帰ったらすぐに晩ご飯にしましょう」

「だな。寒い」

「シチュー作ってますので」

「やったー!」

「今日から三日間はシチューが続きますよ」

 鍋で一気に六人前くらい作るから、二人で三日は食べることになる。

「総一郎の作るシチューは美味しいからなぁ」

「気に入ってくれているなら嬉しいです」

「だがな、シチューをもっとおいしくする具材があるの知ってるか?」

「なんです?」

「キノコをだな……」

「あー……僕がキノコ嫌いなのわかってるくせに。真面目に聞いた僕が馬鹿でしたね」

「冗談だよ」

 シチューを食べて、くだらない話を交わして、一緒の布団で眠る。シングルベッドに二人で寝るのはもちろん狭い。冬場は暖かさを感じるが、夏場はどうなることだろう。咲さんから「暑い」と言われそうだな。それでも一緒に寝てくれるだろうか。咲さんの手を握り、目をつむる。

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