【完結】冬の日の恋人たち
ホズミロザスケ
第一章 First step/君彦1
「俺も
食堂で昼食を食べながら、そう申し出ると最愛の恋人である真綾は、
「わかった! すぐに日程調整する! ちょっと待ってね」
声を弾ませて言うと、箸を置いた。すぐさまスマートフォンを手にし、メッセージでご家族に都合の良い日を訊いてくれた。
十二月に入り、世の中は年末年始に向け、みな慌ただしく動く時期だとは知っている。しかし、偶然居合わせたとはいえ、真綾は一か月ほど前に俺の両親と顔を合わせた。結婚はまだ遠い未来、今は恋人として交際しているだけ。だが、
「あ! お母さんが『日曜日の夕方ならみんないるわよ』だって……どう?」
「俺はいつでも問題ない」
「じゃあ、日曜日で決まりかな? で、『
「真綾……我儘言ってもいいか?」
「えっ、なになに?」
「真綾がいつも食べている料理が食べたい。その、家庭料理というのか? 真綾にもお母様にもご迷惑をかけてしまうが……」
しどろもどろになっていると、真綾は笑う。
「やはり我儘が過ぎるだろうか……?」
「ううん。わたしの家の料理、そんなに気に入ってくれるなんて嬉しいなって」
「俺にとって、真綾の料理は食べると幸せになる魔法のようななものだ」
「えへへ、ありがとう。じゃあ、なおさら頑張って料理作るからね」
次は互いに違う授業のため、真綾とは食堂で別れ、俺は一人、廊下を歩く。挨拶の日程が決まり、当日は料理を用意してくれる。……では、俺は何をすればいいのだろうか。まず「真綾さんとお付き合いさせていただいている、
そう考えていると友人が前から歩いてきた。呼び止める前に、彼は俺に気づくと、「あっ」と小さく声を上げ、近づいてくる。
「神楽小路くん、おはようございます」
「おはよう、
駿河
「もう教室向かいます?」
「ああ」
次は世界各国の生活を映した映像とともに、先生による解説で学ぶ授業。九月からの後期授業として始まり、駿河も受講している。元々は二限から四限の空白を埋めるために適当に取った授業だった。しかし、衣食住は国の環境や紡いできた文化によって違い、そこに新しい発見があり、意外と面白い。
「ふわぁ……」
「駿河、欠伸か。珍しいな」
「すいません。
「あいつは学習せんな……」
「いやはや、どうしてなんでしょうね」
駿河にも大切な恋人がいる。俺と真綾の友人でもある
同じ時期に交際を始めたもの同士で、駿河は唯一話せる同性の友人。先程の件、相談してみようか。
「どうかしました?」
駿河の大きな瞳がこちらを見ている。
「なにか思い詰めたような表情をされてるので……。あ、咲さんはいつものことですし、もう少し僕も甘やかさないように……」
「いや……そうではない。駿河、今日、どこかで二人きりで話せる時間をもらえないか」
「えっ!」と驚いた声を上げたあと、駿河は頷いた。
「構いませんよ。五限終わりでもいいですか?」
「ああ。俺は四限までだから、図書室で時間をつぶしておく」
「わかりました。では授業が終わったらそちらに向かいますね」
「授業が終わった」と連絡をもらい、俺は図書室を出た。図書室の下にあるロビーで待ち合わせる。ベンチに腰掛けて駿河を待つ。
わざわざ俺のために時間を割いてくれたのはありがたい。だがしかし、割いてもらうほどの相談だっただろうか。「そんなことで」と言われないだろうか。「人に相談する」と考えがこの歳になるまで選択肢になかった。ただただ不安になってしまう。かといって今更、「先ほどの話は忘れてくれ」というのはあまりにも我儘というものだ。といった具合に、待っている間、静かに葛藤していた。
「神楽小路くん、お待たせしました」
駿河は俺の横に座ると、
「あの……僕に話とは?」
と早速切り出してきた。俺は覚悟を決め、口を開く。
「今度、真綾のご家族に会うことになった。真綾と真剣に交際しているということを話そうと思っている」
「おお! そうなんですね。素敵じゃないですか」
「だが、何をどうすればいいのかわからん」
「えっ」
「自分が切り出したこともあって真綾に相談するのはどこか恥ずかしい。桂に話せば結局真綾に知れ渡る」
「そうなるでしょうね」
「そもそもこういうことは同性に相談する方が良いだろうと思ってな。俺が話せる相手は駿河だけだ。アドバイスが欲しい」
「なるほど。そう……ですね」
駿河は眉を顰め、腕を組む。
「僕もまだ咲さんのご両親にはお会いしたことはないので。自分がその立場になったらという仮定の話になってしまいますが……」
「かまわん。続けてくれ」
「とりあえず、服装はスーツで、髪など身だしなみはいつも以上に清潔かどうか確認して……。あと手土産買って行きますね」
「ふむ。手土産はどういったものを用意する?」
「うーん……。お菓子ですかねぇ」
「お菓子か」
「そうです、ご家族の人数に合わせて食べきれるような」
「ほぅ。どの店で購入する?」
ぐっと身を乗り出し、駿河に詰め寄る。駿河は慌てた様子で、両手を前に小さく突き出す。
「ええっと……すいません。僕もそこまで想像が追いつかないですね。あまりお菓子のお店について疎いもので」
「こちらこそ質問攻めにして申し訳ない」
「まあ、買うとしたらデパートの地下の食料品売り場が最有力ですね」
「デパートか」
「以前、咲さんに連れて行ってもらったことがあるのですが、和菓子や洋菓子、階違いでお惣菜、お茶やコーヒーもあって。バラエティ豊かな商品が並んでて、見ているだけで楽しかったです」
俺は無言で頷いたあと、一拍置いて、
「駿河。一つ頼みを聞いてくれないか」
「なんでしょう?」
「手土産にふさわしい菓子探しを手伝ってくれないか」
「えっ!」
「使用人に頼めばきっと良いものを見繕ってくれることはわかっている。だが、俺が探して納得したものを購入して、お渡ししたい。だが、一人では……」
「わかりました。僕で良ければお手伝いさせてください」
相談するかどうか悩んでいたのが馬鹿ばかしく感じるほどの即答に、俺は安心し、思わず頬も緩む。
「……ありがとう、恩に着る」
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