6


 小さいけれど低くて通る声、パパだ。


 そっと、船室を覗く。


 パパはこちらに背を向けて屈み込んでいる。その向かいには、


 「うん」


 あの、母親に叩かれても気丈にしていたお姉ちゃんが、かっぱえびせんミニを握りしめて、立っていた。


 「やり方は見ていたな」

 「うん、」


 パパのはなしに、力強く頷く。


 「いい子だ、なまえは?」


 ゾクリと、背中に冷たいものが這う。ワルイオトナの、声色だ。


 パパじゃない。


 ユリさんに頭が上がらない、雪にメロメロになっている、パパじゃない。


 「みゆ、」


 お姉ちゃんは、しっかりとした声で応えている。


 「おじちゃんのなまえは?」


 躊躇うような間のあと、パパが応えた。


 「…ないんだ」

 「かわいそう」

 「いいんだ、忘れただけだ」


 パパは忘れたのか、親につけてもらった名前を。忘れたのか?


 「おまえはかしこい、勇気もある」

 悪い声が女の子に囁く。

 「ゆけ」


 パタパタ可愛らしい音を立てて、みゆちゃんは船室からでていった。


 その幼い目が、オレを写すことはなかった。


 *


 「坊主、」

 「ひっ!」


 あわてて回れ右をしたところで、肩にパパの大きな手がおかれて飛び上がる。


 「あの、ユリさんが、探して、」


 いや、探してたのはオレだった。あの親、たぶんきょうだいをギャクタイしてる、お巡りにいったほうがいい、そう相談したかった。


 「いわれても、平井さんにはなにもできない」

 「そう、なんすか……、」

 「事件が起きてからでないと、平井さんは動けない」

 「…まぁ、…」

 「ユリちゃんには、ゆうなよ」


 だけれどどこかで、オレは『平井さん』に期待していた。

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